それは至極、当然のため

過剰防衛、

ということだったらしいです。私のした行為は。

雨で滑って、打ち所が悪かった、までならよかった。

でも私は、救急車を呼ばなかったな、そういえば。

家族に電話して、そのまま立ち尽くしていた。

パニックだったとか、未成年だったとか、そういうのは、

法の前では搔き消えてしまうあまりにも些細な事情だったものですから。

結果的に加害者になったのは私でした。

少年院での生活はよく覚えていません。

それなりに静かに過ごさせてもらえたとは思いますが。

どちらにせよ――出てきたとき、

私にはもう、あの、慈雨のようなお父様は、いませんでしたから。

何も無くなってしまいました。

私を気遣って、誰もその事件には触れなくなって、あるのは罪だけ。

なんだか、納得がいきませんでした。

罪に問われたことではありません。人を殺めたのには間違いがなくって。

けれど、不公平だと、思ってしまったんです。

あの人も加害性があった、ということでもなく。

被害者あの人の名前が残って、

 加害者わたしの名前は、どこにもない)

ヨンコというのは。実は、本名ではありません。

別につけられていたはずなのに。

私は四番目の子どもで、4が誕生日に入ってた、

そして───生まれると同時に母親を失くしてしまった、ヨンコ。

兄弟には。そうして疎まれていた、気がします。

お父様が私に良くしてくれたのは。哀れみからだったのでしょうか。

分かる日は、もう二度と来ません。

ならばと。

連絡をしました。今度は、地方紙に。

「あのとき、救急車を呼ばなかったのは───」

メディアは、きっと私の名前を攫う。

それを最後にして、どこか、遠い場所へ行こう。

人生をやり直す時間は、いらない。

言い訳を重ねる時間は、いらない。

その日も。この日のような、雨の日でした。