魚葬

 無意味に中庭の扉の前に佇む。しとと降る雨を眺め、あかない扉を見つめる。ここなら誰も来ない。考え事には丁度いい。

 今日で三日目。折り返しだ。昨日、アナウンスの日数は減っていた。それに安堵していた人は多かったように思う。多分。

 でも、私は信じない。

 出られないだろう。出られるはずがない。「お迎え」なんて来ない。そもそもこんなに様々な場所から人を呼んでおいて、真っ当なお迎えなんて出来るはずがない。これから私達は止まない雨の中で資源を失くして滅びるか、あるいは……触れるなと言ったその雨はきっと、私達の上にもやがて降るのではないか。

 予報は短縮された。けれど予報は「予報」だ。当たらないこともある。偽りの希望だ。昔読んだ本にあった実験。ねずみを水盆に溺れさせる。ねずみは藻掻く。藻掻いて藻掻いて、それでもねずみは「無理だ」と悟って溺れ死ぬ。悟ったねずみはもし人が溺れ死ぬ前に掬っても、もう一度水に入れれば溺れ死ぬ。けれど、早い段階で掬われたねずみは、あるいは抗うつ薬だったかを打たれたねずみは、その後も泳ぎ続ける。二日を過ぎても、尚。

 私達は今、そのねずみだ。短縮されはじめた希望に、その手の掬いや抗うつ薬を見出すねずみだ。でも私は思う。無理だ。本当に救う気があるなら、管理人やら担当者やらは発生した不具合に対応しているはずだ。それの改善は見込めない。増えている。放置されている。

 私達はもう、助からない。だからここからは取捨選択。判断の時間だ。警戒するべきじゃなかった。そうであったら、少なからず資源も体力も温存できたはずなのに。歯噛みしたくなってきた。賭けに出るしかない。

 別に私は、生きたいわけじゃない。死にたいわけでもない。私に、私の人生は考慮できない。そうして在ってきた。私は駒。私は狗。私に、私の人生は、存在しない。

 ここでもし仮に向こうに帰れなくても、誰も困らない。私の代わりは大勢いる。良いことだ。お陰で私達はいつも、失敗なんて考える必要がなかった。自分達の生命の使い方を考える必要がなかった。

 そして今は、私一人だ。全くついてない。向こうには私の代わりがいるのに、こっちには代わりが居ないのだから。酷い話だ。

 生命の価値は等価で平等。公平なものである。ああ!すごく面白い詭弁だ。そんなはずがない。私は考える。誰に花を供えるべきか。誰に魚を送るべきか。生命の価値は等価。ではない。一般論に納められる世界を、私は見てきていない。そもそも皆、そうじゃないか。誰だって、生かしたい生命と、此奴なら見捨てていいという命があるはずだ。考える。誰なら害して良いのか。誰なら殺して良いのか。その生命の取捨選択、断捨離を。

 私は生きる。生きたいわけではないけれど、情を感じてしまった人がいる。これがどのみち私の最期なのだから、それくらいの我儘は良いだろう。私は生きる。護りたい人がいる。看取りたい人がいる。そのためならやりたいことをやる。たとえその道行きの途中で、心半ばで折れる事になったとしても。これが何も無い私の生きる意味、生きる道だ。私の生命の使い方は、私が決める。

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「申し上げます。申し上げます。御主人様。あの人は酷い、酷い。……悪党にございます

「大変なことだ!厭なやつだ!あいつなんか生かしておけねえ!」

「あんなやつは世の中の仇さ。今に全部この場で全てが明かされる」

「わたくしはその人がどこにいるか知っています。ですから、ずたずたに切りさいなんで、■■■■しまいませんか?」

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「■■■■。今日からお前は、…………ヌだ。わかったな」

「ええ、当然でしょう。……様。わたしはただの…」

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「…………ヌ。今日からあなたは、……シ……よ。わかっているでしょう」

「ああ、わかったぜ。お……。俺はただの…」

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「……シ……〜。今日からアンタは、………ミだぜぇ。わかったか」

「うん、勿論だとも。………………。僕はただの…」

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「……ル……〜。今日から君は、………ールだよ。わかっているね」

「ええ、わかりました。………さん。わたくしはただの…」

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 姿を変え、名前を変え、話し方を変え、生き方を変え、私はそうして生きていく。

 鉄さびを見る。花束を送る。誰かの愛を確かめる。私はそうして生きていく。その中に「私」はいない。

 それが楽しくないと言っても、楽しいと言っても嘘になる。もとより退路はない。私はそれしか出来ない。

 紫陽花は、その周りの土によって色を変える。私は置かれた場所で咲くしか出来ない。もう拒否権なんて無いし、私は私の中の化物を認めている。

 だから、それだけが私に残された唯一だ。