考察

前向きに生きる誰かを見る度に、劣等感に押し潰された。

恵まれた環境で育っておきながら、勝手に不信を拗らせている。

この世にはもっと辛く苦しい人生を歩む人間がいることだって知っているし、そんな中でも清く正しく生きている人間だっているのに。

ずっと苦しい。本音を晒す勇気も無いから、ずっと息を止めて生きている。

自業自得。責任の在処を探しても、この生き方を選んだ弱い自分しか見当たらない。

悪事に手を染めてから、大抵のことは受け流せるようになった。

罰が当たった、と思えば全て納得できるのだ。

社会で生きる以上、時に不条理や理不尽を押し付けられるのは仕方ない。

その仕方ない現象に、逐一憤りや遣る瀬無さを感じなくなった。

長期間摂取し続けた事による症状かもしれないが、以前よりずっと生き易くなったのだ。

殴られても痛みをあまり感じない。

暴言を吐かれても胸が痛まない。

凪いでいる。

けれど、そこまで至っても、失望される事への恐怖心だけは消えてくれなかった。

関心が無関心に変わる瞬間は今でも恐ろしく、自分に向けられる期待など無いと分かっているのに、一抹の不安が底に沈澱している。

一番消えてほしいものだけは残り続けた。

きっと、これも罰なのだろう。