5日目

こんな空間に来てから、自分の向いていた嘘が分かった。

転ぶ前からどのように転び尽くすかじゃなくて、転んだ先でまたどのように転ぶかだった。

どっちに転んだ後でも、その時の状況を活かせばいい。

ワタシはずっと、ここから脱出できると信じている。

出れないと言って悟った気になるより信じて待つという綺麗事の方がずっといい!

偽ってきたばかりの人間がなにかを信じているというのはいささか滑稽だろう。しかし、それは"許される"。許されるのだと信じている。

険悪な雰囲気漂うロビーの空気は悪化していた。

出られないと諦めるならまだいい。ただ、死ぬからと享楽的に走り他者を傷つけるものが現れている。

そして、そういう手合いの大事な人も人が死ぬのを良しとしていれば、感情の相互確証破壊は破綻してしまう。

だから、並行して別のプランを立てる。ローゼンにも狙われているらしいしな。

「生きて出られない」という諦めが伝播しきる前に、このような考えの癌を切除できないと、まずい。

そして、集団で加害できるということは、相談して分担が可能ということだ。

あのタチヤマの暴露の時を思い出しつつ、どう"貶められる"かも…出会ったときの対応を考える。

350枚で買えたのは「無事を保証する権利」、つまり「停電後でも死ななかった結果」だ。

先ほどの停電では2人からの襲撃を受けたが、ワタシはそれを回避できるほどの武術や気配察知能力を持ったことなどない。

だからワタシはこう考えた。

『過程』より『結果』の方が先に決まっていて、停電前後の行間を埋めるように『結果』になるように過程がでっちあげられている。

そういう因果関係を良しとする異常空間なのではないか、と。

この理屈が正しければ、350枚あれば一度の停電で10人、20人が襲ってきても死なないのではないか。

ならばできることはある。問題は170枚しかないことだ。

箱のような手段で買ったわけではなく毎度勝手に取引されたものだ。

ワタシがいくら死ななかった結果を買ったと思っていても不履行になるか、あるいは足りない180枚に対して別の代償で取り立ててくる。

悪魔のようだが、ワタシはこれに賭けて脱出までの時間を生きるしかない。

賭けに当たれば、1回ではなく2回だ。