雨紫陽花、駈込み、訴える。

 夏に至ると書いて、夏至。日が最も長い一日。私が産まれたのはそういう日。だというのに、いつも私の誕生日には雨が降っていた。そして、正々堂々とお天道様の下を歩けるほど美しい人間にもなれなかった。全く、私の生誕日は一番昼が長い日に産まれた幸運を利息付きでお返ししますよと言わんばかりのことばかりする。でも、一点だけ幸運なことがある。

 __私は、雨が好きだった。

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 練りに練られた綿密な計画は一個でぶち壊されて、もう一個で最高に転じた。災い転じて福となす。禍福は糾える縄の如し。幸運だった。まさかお友達マブ二人も、こっち側だったとは。嬉しかったなぁ。まさか同類だなんて。お陰で楽しいことが出来るし、隠す必要もなかった。演技をしている裏で、身体は熱く揺らいでいたのに、全く。

 探偵さんにはデコピンされた。まあそうだ。大人しくするなんて約束しておいて、事実は暴れまわったという現状だ。そりゃあ怒られもする。不義理だから。あの子はなるべく長生きしてほしい。良い子だから。この空間にもう未練はないし、希望も未来も無いけれど、心残りがあるとするなら、やっぱり彼のことだろうか。折角なら、もっとお話しておけばよかった。

 私は、私達は今日死ぬ。きっと死ぬ。少しだけ、全員で逝けるか不安はあるけれど、でも、きっと死ぬ。それは素敵だ。お互いに刃を差し向けて、その肌に痛みを奔らせる。永遠になるように、深く、深く。最初はただただ一緒に移動しただけだったのに、そこでパーティーしただけなのに、それが此処まで続くなんて思わなかった。嬉しい。

 きっと私達の周りには花が咲くだろう。赤い赤い、紫陽花の花束。きっと皆を嫌な気持ちにして、きっと皆を迎えに行くよって教えてあげる。そしてお化けになって悪戯しながら遊び回って、きっと一緒に何処かへ行くんだ。私達は勝ち逃げをする。だれも裁けない、だれも触れられない。私達はずっと一緒だ。

 ああ、神様。……星神、水神、いや違う。宙神様。どうか、何処へ辿り着くのだとしても、私達の魂を、未来永劫分かつこと無く、ずっと一緒にいさせてください。

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「申し上げます、申し上げます、御主人様。私は……いえ、あの人は、酷い、酷い、はい、厭なやつです。悪い人です。我慢がなりません。聞いて下さい」

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「私の運命を決めてください」

 ある国の、ある貴族の、ある従者の娘として、私は産まれました。そのお家には例も漏れずに子どもが沢山居り、その中には末っ子の、一人のお嬢様がいました。私のひとつ上で御座いました。歳が近いこともあり、私はあるときからお嬢様のものになりました。お嬢様は大変良い人で、優しい人で御座いました。小さい頃から病弱で、病気しがちだというのに、お嬢様は奔放な方に御座いました。そうでなければ、私といっしょに雨降りの庭で遊び回ったり、お嬢様の前でだけ、私が素を出すことを許容したりはしなかったでしょう。

 私達の居た国は、二世紀近く前に起きた大陸戦争で勝った国です。お嬢様の家は、その戦争の英雄の血筋を引いていました。きな臭い話は絶え間なく聞こえていましたが、それでも私達は、平和に暮らしていたつもりでした。

 でも、違いました。

 __私達の家は燃えました。誰かに火をつけられました。私はお嬢様しか助けられませんでした。私の家族も、お嬢様の家族も燃えました。

「お前の後ろに隠れているその女を出せ」

「出来ません」

「何故だ」

「主人だからです」

 大切な人だとは言えませんでした。

 相対したその人は、ある依頼を受けた殺し屋でした。その人は、お嬢様を諦め、私に言いました。

ルジィナ・ルフィットと言ったな。お前には才がある。その娘と共に来い」

 私達は、殺し屋の人々に拾われることになりました。

 私は仕事をはじめました。できる限りを稼いだら、お嬢様を連れて出ていくつもりでした。ですがお金は一向に貯まらず、お嬢様は日増しに弱っていきます。暗く冷たい環境が、病弱なお嬢様の身に良いはずがありません。私は頑張りました。頑張って、頑張って、頑張って、仕事は上手くなっていきました。それがとても嬉しかったです。そんな日のころ、お嬢様に呼ばれました。その日、私は薔薇と百合を両腕に抱えるほど持っていました。

ルジィナ、最近は頑張っているんだね」

「はい」

「どこか楽しそうだよ」

「そんなことはありません」

「ねえ、約束は覚えてる?」

「なんでしょう」

「いつでも、私の前では生きたいように生きてくれるという約束」

 私は、その話の意図がわかりませんでした。

「何の話ですか」

「ルジィナ」

「これで本当に良いの?」

 お嬢様は、お嬢様は。私を謀りました。私はすっかり知ってしまいました。お嬢様が私の内心を、深く深く奥のところまで見据えていることを。

「私は」

「嘘つきだったんだね、ルジィナ」

 そう言ってお嬢様は、血を吐いたのであろう小さなその手で、ある包を掴み、それを、辛うじて届いた私の顔に、唇に、押し当てました。

 中の包は、お嬢様が大事にしていた大粒の宝石がごろごろと入ってました。お嬢様はそれから、生きていても、目を覚ますことはありませんでした。

「紫陽花」

「はい」

「楽にしてやれ」

「……はい」

 生命の価値は等価ではありませんでした。そして私の中での価値や楽しみも、等価ではありませんでした。お嬢様を殺すのは、悲しいことなのに仄暗い歓びに満ちていました。

 きっとお嬢様は、私が此処で生きていたくないことも、それでもそれを愉しむ猛獣怪物であったことも知っていたのでした。

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「慈悲のない狡猾と抜け目のない残虐が、私の猛獣怪物でした。狼だったのです」

 私はお嬢様が亡くなっても殺しの仕事から足を洗えませんでした。もとより他に、それ以外に生きる道がありませんでした。それは伝手が無いからでもあり、私が最早、猛獣怪物に成り果てたからでもありました。私は人には、戻れないようでした。

 沢山沢山役割を来ました。男にも女にも、子どもにも大人にもなりました。そのうち邪魔だから乳房は削りました。腹は割いて、股を焼きました。

 私は色々な人に為りました。花屋の息子に為りました。パン屋を夢見る少女に為りました。政治家の秘書に為りました。音楽家に為りました。酒場の看板娘に為りました。ある一家の長子に為りました。本屋の店員に為りました。時に同業者と共に協力しながら、私は名前も好きなものも嫌いなものも何もかもがばらばらな人を、私は脱ぎ捨て被り、脱ぎ捨て被りしていました。そうして人を殺しました。いろいろな方法で。

 

 私は、のことが、分からなくなりました。雨と誕生日、そして私の化物以外のものが分からなくなりました。壊れずには居られなかったのかもしれません。私は猛獣使いになれませんでした。心を御することが出来ませんでした。だからこれは、私が人の皮を被った猛獣怪物であることの証明なのでしょう。

 毒の花の砂糖漬けを振りまくことを留めない人が、銀の刃を振りかざす人が、首を絞めることに躊躇いのない人が……そして、それを楽しみ、それで金を得てご飯を食べる人が、人であるはずが御座いません。ですが、それが私の全てでした。

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「私は、ちっとも泣いてやいたしません。私は私を、あの人を、愛していない。はじめから、微塵も愛していませんでした」

 だからこれが、私に相応しい本当うそほんとうでした。

 これは銀貨三十枚にも足りません。ただの陳腐な昔話です。

 

 同情は結構です。しかし、思います。

 もしも、もしも、私達が無理矢理にでも逃げていれば、大切な愛していたはずの「なにか」だけを慈しんでいれば、雨のなか遊ぶ毎日だけを楽しんでいれば。私達は今頃、桃畑のある素敵な場所で、日を浴び雨を浴びながら、穏やかに生きていたのかもしれないと。

 

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 けれど、私はその先で、友に出会った。素敵な、生命を共に分かち合いたいという友人に。その中で私は、確かにを思い出した。本の中、映画の中、物語の中を探しても見つからなかった私の欠片は、仕事殺しの物差しを握る必要がない場所で触れ合った、情によって見つけられた。

 お嬢様は私を怒るのかもしれない。けれど、私に会う資格もない。だから私は、ここでその二人の友と幕を閉じる。素敵で、そしてどうしてかよく気の合った、その二人と。そしてそのまま、永久にずっと一緒にいるのだ。