ある噂、怪談、或いは聞いたそばから忘れ去られるだけの話

 

「隠したいものはある?」

 

「もしくは、忘れたいもの。忘れさせてほしいこと。消してしまいたいもの。なかったことにしたいこと」

 

「誰にも見つけられたくない、見つけてほしくない、知られたくない、知ってほしくない、物でも、なんでも、どんなものでも」

 

「私が、叶えてあげようか?」

 

 

 

「いいよ」

 

 

 

「だからまた私に会いに来て」

 

\゜\、\・、\、\・。゜、\・\。゜\、、\・。゜\、・\\・\。゜\、\゜\、\・、\、\・。゜、\・\。゜、\゜\、\・、\、\・。゜、\・\。゜\、、\・。゜\、・\\・\。゜\、\゜\、\・、\、\・。゜、\・\。゜、\゜\、\・、\、\・。゜、\・\。゜\、、\・。゜\、・\\・\。゜\、\゜\、\・、\、\・。゜、\・\。゜、

 

 

とある世界のある国の、ある街にとある都市伝説があった。

曰く、人気のない路地を歩いていると、内側で雨の降る傘だけが浮かんでいることがあるという。

曰く、学校の七不思議の一つに、『宙吊りの雨降り傘』なるものがあるという。

曰く、よく晴れた日に地面に濡れた跡を見つけても、終端まで辿っていってはならないらしい。

曰く、雨の日に傘を忘れても、不自然に開いたままの傘を手に取ろうとしてはいけないらしい。

 

それはある日を境に誰からも忘れ去られた、透明人間の話。

雨音に紛れて、何かに声をかけられても、返事をしてはいけないよ。

その言葉に、耳を傾けてはいけないよ。

傘の内側、光の屈折が人の輪郭をかたどっているのに気付いても、決して悟られてはいけないよ。

“それ”に触れちゃいけないよ。

 

 

彼女は腹を空かせてる。きみが存在ごとなかったことにしたい何かを、そうやって取り込んでしまうのが、彼女にとっての食事だった。

その傘が見えるのなら、きみはもう目をつけられている。きみの欲望を見透かされてる。

彼女はきみを見ている。彼女はきみに見られたがってる。きみにとっての何者かになりたがってる。きみの記憶に残りたがってる。

 

彼女は飢えている。

その飢えを飼い慣らして、無害そうな顔して獲物を待ってる。

どんなことがあっても、何一つとして彼女に明け渡してはならないよ。

きみは何も見なかった。きみは何も聞かなかった。引き返しなさい。通り過ぎなさい。

 

なにかひとつでも叶えてもらったなら、もう手遅れだ。

 

それはきっときみの望まない形で。きっときみはそれをなかったことにしたがる。

彼女を忘れたがる。彼女との繋がりを隠したがる。彼女の記憶を消したがる。彼女を見つけなかったことにして、知らんふりをしたがる。

 

 

じきにあの傘から、黒い雨が降り出すだろう。覆い流されてしまうだろう。みんな忘れてしまうだろう。呑み込まれてしまうだろう。

本当に、なかったことになるのだろう。何もかもが。きみというすべてが。

 

溶けて。混ざって。

消えてしまう。

 

 

──だって、他ならぬきみが望むのだから。

 

 

 

 

 

「覚えててほしいだけなのに、あーあ!」