翌朝まで咲かない花

電波もまともに通らないような、深い森の奥にある田舎の村。

そこの一番目立つ位置にある大きなお屋敷の中の世界。

それだけが私の生きる、生きていて良いと許されている世界だった。

父と兄は神職で、村の実権を握っている。

大昔から続く神社の考えこそが村では正しい法だったからだ。

人の言葉よりも神の言葉の方が優先される。

その神の言葉も、人伝でしかないというのに。

そんな村の村民代表。いざという時のスケープゴート。

村長という席だけが私に用意されていた居場所だった。

表向きの権力者としてだけの、何の力も持たない木偶。

父か兄かが何らかの問題を起こした時に身代わりとして

切られる蜥蜴の尻尾として、置かれているのが、私。

役目から逃げ出すことは許されず、

屋敷から逃げ出すことも許されない。

ただただ広いけれど、狭い世界で生きるだけ。

その人生を良しと思ったことは

生まれてただ一度もない。

初めに手を引いたのは確か、従者だった。

父や兄から指示を受けているとはいえ、

相手も血の通った人間だから

憐れで人恋しい子供の顔を使えば

ころりと手の内へ落ちてくる。

その頃はまだ背も声も男のそれではなく、

倒錯的な世界を演出するのは楽だった。

それでも結局そいつらは父や兄の部下であるから、

どんなに縋っても外へは出してくれなかった。

次に手を伸ばしたのは確か、村人だった。

父や兄を敬愛しているとはいえ、

彼らは多少一般的な価値観をもっているから、

ただ外の世界が見たいだけだとさめざめと泣けば

憐れに思ってころりと手の内へ落ちてくる。

その頃には女児と見紛う姿はしていなかったけれど、

寧ろ色白で弱そうな青年の姿が特に女にうけた。

それでも結局女は駄目だ。

私を連れてどこまでも走る気概は見せてくれなかった。

その後は村の外からやってくる者たちに手を出した。

村の在り方を面白半分で見に来た馬鹿共だから、

外に憧れる無知で無垢な姿を見せれば

ころりと手の内へ落ちてくる。

できるだけ弱々しく見えるように、

憐れなひとに見えるように、

あれこれ気を遣ったのが幸いして

身を預ければどいつもこいつもこの手を握った。

……それでも、駄目だった。

外の世界は余程良いもので溢れているのだろう。

ふと夢から醒めたような顔をして、

みんなみんな私のことを置いて帰っていく。

そればかりか、共に此処に住むと言い出す馬鹿もいた。

……それでは何の意味もないのに。

誰もお前のことなんて、好きでも何でもないというのに。

ただただ外に出たかった。

くだらない人生が嫌だった。

どこまでも遠くへ逃げたかった。

持っているものは自分自身だけだから、

それを全て使うくらいしか手立てがなかった。

ひたすら見目を磨いて、立ち振る舞いも心模様も作り飾って。

父や兄が女男のようだと嘲笑ってきたとしても、

武芸を磨くことは許されないから私にはこの道しかない。

……そう、この道しかなかった。こうするしかない。

この道しか許してくれなかったのは父や兄だというのに。

私だって叶うことなら武芸に触れてみたかった。

茶道や生花なんてものに興味なんて微塵もなかった。

私だって叶うことならスポーツとやらに励んでみたかった。

淑やかな立ち振る舞いを好きでやってるわけがない。

私だって叶うことならもっといろんなことを学びたかった。

けれどこの村では、女は無知であることが好ましいから。

全部、愛されようと必死に媚び諂う憐れな子として父や兄を騙す為に。

ああ可哀想にと軽率に救世主面したがる馬鹿が現れてくれるように。

いつか、広い世界を見にいく為に、何もかも殺してやってきたことだ。

やりたくてやってるわけがない、こんな下らない退屈な人生なんて。

媚び諂うことがどれだけ惨めかなんて誰もわかってくれないのに。

憐れだと向けられる目がどれだけ耐え難いか誰も知らないくせに。

誰も、誰も、助けてくれない。

誰も、誰も、この手を引いて逃げてくれない。

手を離されるたびにどれだけ私が絶望しているかなんて、

誰も、気付いてはくれない、のに。

誰か、気付いてくれれば、良かったのに。

──誰か。