【祈りは遠く】

 北国イグノシアの片隅。光の魔法使い、領主アルフィニ・リフェルディンは、今日も屋敷の執務室。

 領地に関する色々な書類仕事をこなして伸びをすれば、時刻はもう昼時か。

「…………ティーリ」

 伸びをして、従者を呼んだ。

 今日は、“あの日”だ。

 惨劇が起こってから、時が経つ。

 この日は毎年、墓に来ている。

「“あの日”ですよね、領主様。

 はい、私もお供致します」

「…………よろしくね」

 従者を伴い、領主は墓へ。

  ◇

 屋敷の裏手。小さな丘。そこに沢山の墓がある。

 両親、執事、メイドたち。

──そして、妹の。

「…………アルリア」

 アルフィニはその名を呟いて、花を手向けた。

 あの惨劇の夜。唯一、遺体の見つからなかった子。かわいいかわいい、甘えん坊な妹。

 かつて、アルフィニは病弱だった。両親はそんな彼を酷く心配した。彼が看病を受けている時、アルリアはいつも扉の隙間から覗いていた。そんな彼女を呼んで、頭を撫でてやったこともあったっけな。

(不甲斐ない兄さんで、ごめんね)

 かわいくてたまらなかったあの子も、もういない。

「………………」

 アルフィニには、疑念がひとつある。

 

 惨劇の時、唯一、遺体の見つからなかった妹。

 いつの間にか屋敷から持ち出されていた、魔法の鏡。

 あの鏡は危険だって言われていたから、倉庫に封印したはずなのに。惨劇の後で盗難被害を確認しに倉庫に行ったら、それだけがなくて。

(……この点と点とを繋いで線にするのは、早急かなぁ)

 繋げようと思えば繋がってしまう。

 だけれどそれは、あまりにも最悪な想像だ。

 もしもその想像が真実だとして。

 ならばそれは、知らない方がマシな真実だ。

 死人に口なし。それを語れる者は、もういないけれど。

「……君はきっと、寂しかったんだろうね」

 扉の隙間から覗いていた小さな姿を、忘れない。

 妹の存在は確かな疵となって、

 若き領主の胸に残り続けるのだ。

「…………まるで呪いみたいだよ、アルリア」

  ◇

 弔いを済ませて、丘の上。

 ピンクの花が咲いている。

 あの子の瞳の色。

 両親の死にも大きなショックを受けたはずなのに。

 どうして、あの子ばかりを思い返すのか。

 惨劇の後にも花は咲くのに。

 『もっとこうしてやれば良かった』の後悔ばっかりだ。

 いつかはその痛みも、

 過去のものになるのでしょうが。

「…………祈らせてくれ、君の冥福を」

 死んでいるのではなく

 もしも今も何処かで生きているのなら。

 その幸いを、とアルフィニは祈る。

──それだけ誰かに想われているのだから。

──彼女は確かに、“価値ある存在”だったのでしょう。

 ピンクの花が、咲いていた。

 丘の上に広がる空はただ青く、

 雨の気配なんて微塵もない。

【Fin】