『木枯 芥子』

私という存在は、どうにも生まれたその時から浅ましく矮小なのでございます。

才や色やと褒められて、鼻の高い幼少生活を送り続けておりました。

そのま伸びた鼻は天狗のように、学生の時分に背とともに成長していきまして。

うしてちょいと書いた小説が、どうにも世間様の目についたようでございました。

一躍は時の人。名を語れば人は集まり店は待ち無し。泣いてる赤子もお辞儀する始末。

折れたことのない鼻は、細く長くとへ伸び。いつぞや神様まで届きやしないかと。

そんな事を、沢山のカメラのフラッシュの中思うていたのでございます。

そんなフラッシュが鳴き止み始めたは、私が社会に船を出す頃でした。

何にも変わらぬと動かした筆が描いた小説は、どうにもより質が悪いらしく。

私の鼻はその頃随分高く昇ってましたから、腐りかけの文章の匂い判別も出来ず

どうにもい読者に当たったなぁ、などと思うていたのす。

あぁところがどうでしょう。めげずに書いた作品も、その次に書いた作品も。

やれなんか賞だの、やれなんちゃら公評だの、色々夢見ていたんですけど。

これがもう鳴かず飛ばずの終いとなって。齢25の冬空でついぞ鼻が折れたのです。

そこからはもう、大変なものでございました。いっくら机に向かっても、

何の一つと浮かばずに。原稿用紙は汚れを知らず、せっかく汚れど消しゴム擦り減り。

街を出てももう人は寄ってやこない。赤子がわんわん泣く中を、ひたすら

安売り卵求めて行列並んで明日を生きていく始末。これじゃあダメだってんで

机に向かうんですけど、あれやっぱり何も浮かばない。

色々やっては見たのでございます。ネタになってやくれないかと。

音楽鑑賞してみたり、ひたすら映画を見てみたり。旅行に行ったこともあれば、

ちょっとした恋愛を楽しんでみたりもしてみたんですけれど。

あぁそれでもやっぱり、筆は動いちゃくれないのです。重くて苦しくて、

たった一行書くだけに、月をいくつもまたいでしまっていたのです。

それはまるで、歩き方を忘れてしまったかのような絶望感で。

あぁきっと、私の才能というものは、生ものだったのでございましょう。

随分足が早くって、走り切る前に腐ってしまって朽ちたのです。

いつしか私の名前など、誰もが知らぬようになった頃。

私はその日も窓打ち付ける雨の音聞きながら、机に向かって呻いていました。

忘れないでくれ、消さないでくれ、殺さないでくれ。

まだ生きてるんだ、まだ生きたいんだ、俺は未だここに居るんだ!!

……泣きながら、ただただ泣きながらペンを強く握りしめていたのでございます。

 

 

そうして気づけばこんな場所におりました。夢を見たのだと思いました。

その夢が覚めたのは二日目の頃でございます。そこからはもう、

夢であってくれと願うようになりました。

だ書かねばならないのです。まだ知らしめねばならないのです。

忘れられたくなかったのです。過去を忘れられなかったのでございます。

こんなとこにいる場合ではないと、忘れられて、死んでしまうと。

部屋で泣き腫らした数は一度や二度では済みませんでした。

 

その涙を止めてくれたのは、あなたでございました。

私は雨攫われ消えてしまいそうなあなたを見た時、どうにも手を伸ばさずには

いられなかったのです。きっとそれは、私と似ていたからでございましょう。

えてく名前に憂う人。世間への小さな復讐心を持つか弱い人。

私よりもずっと幼いのに、私よりも多くの苦しみ背負って諦めた人。

笑ってほしかったのです。諦めないでほしかったのです。

私のようになってほしくはなかったのです。あなたは素敵な人だと、思っていたのです。

情と同郷心と、色んなもので積み重なった貴方への想いは、ただ、ただ。

……生きてほしい、その一言であったのです。

私の願いなんぞ、その程度のものであったのです。生きたいと思ってくれればと。

それだけで良かったのです。それ以外はなんにもいらなかったのです。

あなたはただ貰うだけで良かったのです。荷物はが背負えばよかったのです。

だというのに、あなたは私の一番欲しかったものをくれました。

苦しんで、苦しんで、失うだけだった温もりを、私が生きたという証明を。

あなたが覚えてくれると仰るものだから、もう私はその時に。

あなたがどんなに綺麗な宝石よりも輝く、素敵な素敵な宝物に見えてしまったのです。

あなたと歳が近かったら、宝箱にしまい込んでいたかもしれません。

お互い枯れた人間だから、そこいらは丁度良かったのかもしれません。

 

私は死ぬことがとても怖かったのでございますが。

もう今は、あなたが共に居てくれるなら後は何も気にやしないでいられるでしょう。

れから先、消えても、落ちても、朽ちても。

日生きようと、どちらが先に眠ろうと。

私はあなたの傍に居て、私はあなたを覚えています。

あなたもそうであるだろうから、きっと欲しいのはそれだけでした。

 

あなたを失うことが、死より志依も怖くなりました。

から死芥子なんぞは、もう怖くもなんとも無いのです。

 

 

長くなってしまいましたが、これが貴女に送る文でございます。

何文でしょう。恋ってのはちょっと、気恥ずかしいもんですから。

…まぁ、答えはいつか、どこかで合わせましょう。

それでは、宝物である一番大切なあなたと、同じ場所に生まれ変われますように。

またな、志依