スタートからゴールまでにはここでの生活──行間がある。
この度は、ゴールだけを話すとしよう。
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こちらは自動放送です
『DREAM』より皆様へ
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諦めず、どのような条件で動くか、あらゆる可能性を試しておく。停電などもう関係ない。
追加資源のアナウンスもなくなってしまったからだ。
変なポーズも、変な言動も試した。誰かに咎められることもない。
だが柄にもなく動き回ったせいで空腹が近づく。誰か要らなくなったのであろう棚に余っていた資源を盗り、少量の食料と水に変えて口に含む。
今は疲れてしまったが、寝た後にまたやろう。
とりあえずまた使っていた個室で、大の字ではあるが泥のように眠りこけた。
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次の快晴は未定です
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賑やかな歓声。見知った街の建築様式。鮮やかさに富む紙吹雪や風船。
懐かしくはないが、広がる屋外にワタシは希望はあったのだと喜び、心拍数が上がっている。
そうか。そういうことにしたのか。心拍数が増えているのは、それだけだからではない。
ここはワタシたちの国。今日は日曜日。後継として決まった新・クィホテニカ国家君主を凱旋式がもうすぐ行われるのだ。
国家君主の後継として決まったのは──若年で多大な武勇伝を残し、一度は奴隷という過程を経てもそれでもなお立ち上り、ありのままの己を民衆に訴え続けた──ワタシの、我々の、ヘススだ。
今までのプロモーションも、なにもかもがウケて、とうとう培った努力が報われたのだと、期待し続けた果物が実ったのだと、これから栄光を称えられるのだと思うと、ドキドキやワクワクが止まらない。
そんなありきたりな表現になるほどの心拍数だった!
今どうなっていたかな。……ああ、もうすぐ大通りでパレードが行われ、音楽と共に凱旋する手筈となっていた。
まだ開始前ではあるが、誰もがあいつは王だと騙せるほどの正装をヘススはしてくれているのであろう。ワタシも会いに行かなくてはな。
……しかしまあ、天気としては最悪だ。曇りきり、雨がそこそこ強い。これなら日を……改めることだって……いや、これでいいのか。
そうしてワタシは、ヘススの元へ訪れる。ああ、また見ることができたな。
「──ヘスス様!心の準備は大丈夫でございますか!緊張しておられますか?
……おおなんと、国王用の正装となると本当のようだと見違えてしまいますね!
少々年齢には見合わぬから動きづらいやもしれません!ですがやっぱり器は適していました!
ええ、臣下の私めも感無量で……ございます……ッ」
目の前には、ワタシが嘘で作り上げた少年がいた。自己催涙したわけでもなく目が潤い、ヘススの顔はよくぼやけて見えなかったが。
『ハイプがそう言っても、やっぱ着辛いよ。これ……。うん、でも選ばれたんだよね……
自信がないけどさ。ところでハイプはなんで泣いてるのさ』
「失礼いたしました……いえ、これは感無量のあまりでございますが、なんだか久しぶりにあったような感覚に襲われてしまいまして!
ワタシとヘスス様は今までちゃんと生きて歩みを止めなかったというのに変でございますね!」
「ああ、でもヘスス様はもっと私語を慎みより尊大な態度で行かねばなりません!
例え嘘だとしても、振舞っていればやがて本当になるのですからね!
ささ!もうすぐ布告とかが始まりますよ!その後は行進して……といっても我々はただ大きい車に乗って手を振って、最後に戴冠式でございます!いざ行きましょう!」
そういって、一度ヘススの方ではなく出口の方へ踏み出そうとする。が、ヘススは動かない。
「……ヘスス様?」
『やっぱり……行けない。僕はここに留まって過ごすよ。
待ってる国の皆に今までの嘘がバレるのが怖いし、なんだか本当なら僕は歩んじゃいけない気がするんだ』
「ヘスス様、そんなことは」
『それに、雨が降ってるじゃん。……本当なら中止にすべきだったんじゃないの?』
ヘススの言う言葉は、己が怖いというよりはどこかワタシの方を諭すような気持になった。
「いえ……あなたは今だからこそ、歩むべきでございます。
仮にも、ワタシたちは道半ばで途絶えざるをえかったではありませんか。
災難や罰が雨を象って、遂行される舞台劇が雨天中止になってしまいました。
だから私めは今日の天気が絶好の機会だと思うんです。
"今も雨が降っていて、よかった!"
あなたも、ワタシにとって雨天決行でいてほしかったんですよ!」
「……ワタシは、あなたを通して自身の夢の続きを見たかった搾取者でございます。
いくらどうしようもない未来しかなくても、一人の人生を左右しておいて紡ぎ続けなかったのは私めのどうしようもない罪でございます。
でも、今はそうじゃなかったことになっている!
そうである以上我々はこの成功譚を続け、語られ続ける権利がある!
だからお願いです。ワタシのためにも!今日の式をちゃんと終わらせましょう!
自らを騎士だと思い込み、巨人と見間違えた風車に挑むが如き勇気で、新しい歩みをとるのです!」
「そっか。非道いねとは思うけど分かったよ。」
「はい!なので、最初にあなたを買ったた私めの手を取っていただけませんか?
さあ──────」
見栄でも、これがワタシの出した答えだ。真剣なんだ。
い|も通り、希望|与えてワタシは、ヘススに左手を差し伸ば|
| | | を | | | | | |
| | | | | | | | | | |
つ | | | | || | | | | | |
| | | | || ! | | | | | し
| | || | !| | | | | | |
| | || | | | | | | | | |
| ! || | | ||| ! | | | | | |
* ** ! * !*! * ワタシの左手が溶けた。
「ッ……は……っ? えっ──あ、
あああああアアアアアアア!!!!」
違和感で目覚めたワタシは、自分の左手が"跡形もなくなっている"ことに気付き、あの日曜日から覚めて絶叫した。
なぜ、こうなった?資源の代わりに肉体が変換された?今までそんなことはなかっただろう。
ふと、存在していた左手側の床に小さな水たまりが出来ているのに気づく。
まさか……と思い、視線をそのまま天井に動かすと、原因が分かった。
水滴が垂れ続けていたので、あり得ないと思った。
あの雨によって、個室が雨漏りしている……!
危機察知が働いたのか、ここにいるのは危険だと悟った。急いで個室を出た。
「クソ……安置ではなかったのか?!個室すらこうであるということは、最悪の場合、
最悪の場合脱出口が見つかるまでに雨に建物ごと溶かされる!!!
生存者に伝え、いや他の個室に居た人はもう雨漏りで死んでいるのでは!?
はッ……あっ、ワタシの腕……!手が欠けただけでも走るとアンバランスになるものなのか……ッ!」
そんなことを聴衆のいない廊下で、焦る脳を宥めようと状況の整理と説明をする。
個室で死んだ者がいるだろうというのはともかく、まだ籠らずに徘徊している生存者に出会えば、危険性を訴えられるかもしれない。
犠牲者を減らせば今後の協力関係にもなる、と。この期に及んでそんなことを考える。
まず行くべきはどこだ?食堂、ロビー、プール……は水のたまり場だから除が「アッ」
廊下の水溜まりを一瞬踏んだからか、自分の右靴の底が欠けて転倒した。
これも雨のせいなのか、なら廊下も二度と通るべきではないのではないか。
「……バンケットルームだ!」
誰かを助けるだとかそういう場合ではない。もはや助かる道は最初に落下が発生した場所しかない。
ただ自分だけが助かることを優先する。どこかに行けるなら、この雨から逃れられるなら!
さあ、そうして男はバンケットにやってきた。
あれまで閉まっていた幕がおそらく雨のせいで落ちて、全ての視界が開けている訳ではないが、そこにはまだ見ぬ景色が広がっていた。
先ほどの夢で見たであろう広がった外にはあんなにも希望や歓喜に満ちていたのに、今は恐怖と絶望感で心拍数が上がっていた。
「っは、ハァ、ハァ……ここで、ずっと閉じこもって籠城は無駄なのか……
だが、そんな現実にワタシは……」
往生際が悪かった。"どう転んでもその場でまたどう転ぶか考えるべきだ"、ともはや機能していない直感が告げた。
だから、都合のいいように解釈し捻じ曲げるべきだと、そう行動すべきだと。
そういえば──このような宴会場があったのにも関わらずワタシはスピーチを行わなかったな。
「騙されてなるものか……!そのように降り続けるなら、はっ……ハハハッハ!」
集まった人々はワタシの演説にきっと惹かれなかった。でも、意図のあるかもしれない雨ならば?
我々をそうするだけの理由を持っていて、言葉が通じると、そう解釈したら……!
「降り止まぬ雨の皆様方、初めまして!
私めはここに閉じ込められていたコンテキストと申す者でございます!
まず、私めにバンケットでの新しい景色を見せてくださり大変感謝しております。
私め、おかげで脱出する希望を見出すことができました!」
「さて、皆様がずっと静かにならぬのも頷けます!私めがなぜ唯一雨にこうやってスピーチを行うのか、接触してきたのか、胸がざわついているのでございましょう?
分かっております!」
虚空に叫ぶ。
「実は、私めの左手を跡形もなく潰してしまう皆様の威力を知り……このような辺鄙な建物などではなく、もっとよい切削場所があるのではないか、と勘案いたしました。
もっと溶かすべき不純物は、私めのいる地球にはございますよ!ですのでここは1つ、皆様と和解したい!
そして協力し、ここで溶かす雨を降らせ続けず、雨雲に水分を貯めて私めと共に私めの地球に来てほしいのでございます!」
「ええ、ええ、もっと溶かしたいという欲求を満たしたいのでございましょう!
だから、今は利害が一致するのでしょう。ですが、私めは雨の言葉が分かりませんので、言葉ではなく体で!納得して無害な雨になったか確かめていただきます」
「では……僭越ながら幕の下りた皆様の舞台に登壇していきますね!ああ…そういえばそうです!これが嘘だとお思いの雨粒様にはこう言いましょう!」
「私めが説くこれは詐欺などではなく、ドン・キホーテであり、輪に輪をかけた稀代のサーカスであり、ミュンヒハウンゼンの見る世界であり、偏執狂的批判的方法であり、神託(オラクル)にして起床後の夢物語でございま
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脱出できたという奇跡を成すことも、誰よりも生き延びて特別な1人になることもなく、途中で死んだ。
元々自分の演説に耳を傾け頷く生存者すらいなかった者が、言霊だとしても天候を説得できるわけがない。
この雨は男の演説を聞く耳など持たない。雨だから。
──そういった滑稽な顛末こそが男が生んだ事実だ。
まあそんな滑稽な一幕とて、紡ぎ手の一存で死後以降も前日譚も後日譚も語られる可能性は捨てられない。
しかし、ここでは誰もが帰れなかったのだから誰かに語られることはない。
過去に文脈があったことも、後世に文脈が作られることも、ない。
予め張られていた過去の話も。
行間扱いにした過ごしてきた現在の話も。
後付けされるいずれそうなった未来の話も。
何も残さぬこの雨によって、嘘だろうが真実であろうが全て一塊の情報として途絶えた。
その内の1篇に存在するこの男の話も、きっとここまで読んで知る者がいれば様々な文脈が乗っていたと感じるかもしれない。
さておき、日記の表題はこのような事実1行のみで済ますこともできる。
男にそのような日曜日が訪れることはない。
雨が降っている。