×月×日 くもり
父が死んだ。
今だに実感が湧かない。
車で妹を塾に迎えに行った帰りだった。
即死だった、らしい。
妹は目覚めない。
せきずい、という場所をケガしているから、目覚めても下半身が動かない可能性がある、と説明を受けた。
やらなきゃいけない手続きがいっぱいあるから、泣き暮れる母の手を引いてあちこちに行く。
母は心が弱い人だ。そして常識をよく知らない。私も子どもだから、人のこと言えないけど。
母は元々、お金持ちの家の娘だったらしい。
父と出会い、駆け落ち同然で結婚したと、いつか聞かされた。
これからは、私が母と美咲を支えないと。
がんばろう。
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×月×日 くもり
また宗教勧誘が来た。
父が死んでからほぼ毎日のように、どこかしらから勧誘が来る。
今日はスーツを着た身なりの良いおじいさんがやってきて
「一生懸命祈れば、お父さまも生き返りますよ」
「お嬢さんも歩けるようになりますよ」
「救われますよ」
と、のたまった。
パンフレットを顔面に投げつけて、追い返した。
おろおろする母に、言い聞かせる。父は死んだ、と。
何が生き返るだ、救われるだ、バカらしい。
でも、知っている。
母は救いを求める顔で、あのおじいさんを見ていたことを。
私の付け焼き刃な宗教否定を聞いていても、どこか上の空なことを。
どうにかしなければいけない。
けど、下半身が動かない妹の世話と、学業と、家事を抱えて。
これ以上、どうすればいいかまで頭が回らない。
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×月×日 くもり
学校から帰ってきたら、母がめずらしくニコニコしていた。
嫌な予感がした。
案の定、ご近所さんに誘われて、あの「死んだ人が生き返る宗教」のセミナーというものに行ったらしい。
母を罵った。
私は疲れていた。
母は泣いた。
そして、父の遺産が入った通帳とハンコを持って出て行った。
母は本当にバカだ。
私はキャッシュカードを取り出し、刻印された名前を目でなぞった。
工藤笑子。
父は、こうなることを予見していたのかもしれない。
けど、誰に、どう頼ればいいかは、遺してはくれなかった。
雨が降りそうな暗い空だった。
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×月×日 雨
メガネをかけた優しそうな男性がやってきた。
「今日からこの人がお父さんよ」
母は嬉しそうだった。
ようやく気づく。
母は、男に頼らないと生きていけない人なのだ。
そして、きっと気づいていない。
男の、メガネの奥の暗い目は、私の顔と体を、視線だけで舐め回していた。
気持ち悪かった。
さりげなく、妹を背に庇う。
何があっても、妹は守ってみせる。
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×月×日 雨
男は、母が入信した宗教団体の幹部らしい。
「笑子が入信しないのは悪魔に取り憑かれているからだ」
と、「カルマ落とし」を受けさせられることになった。
妹も受けるはずだったが、私が妹の分も「カルマ落とし」を受けることで免除してもらった。
今日から、男による「説法」を受けることになった。
そして私のご飯は、男が床に投げ捨てた物になる。
義父の言葉は、神の言葉に等しいから絶対なのだ、と。
母がうっとりした顔で言った。
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月 日
けがされた
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×月×日 たぶん、雨
毎日、「カルマ落とし」と、「説法」と称して義父の相手をさせられている。
前に、がっこうにいったのはいつだったかおもいだせない。
最近、いたいとか、苦しいとかも、よくわからなくなってきた。
天井を見ている時、自分を見下ろしている自分がいる。
体をはなれて体がある。
あくま、ということばをきいた。
私があくまなら、私をいためつける男はなんなのだろう。
ぐにゃぐにゃの笑みは、あくまのそれだ、と思った。
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×月×日 雪
男の機嫌が悪く、雪の降る日に下着で外に放り出された。
ふかんしょう、と笑われた。
寒さも感じず、ぼう、としてたら、母が家に入れてくれた。
あばずれ、とか、ぬすっと、て言われながら、頬を何度も叩かれた。
いたかった。
すっぱいものがたべたい。
それ以外は、はいてしまいそうになる。
(涙の跡)
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×月×月 雨
進学希望先を書いたプリントが男に見つかった。
わざわざ目の前で破られた。
おまえはふろにしずめる、と言っていた。
よくわからなかったけど、私の未来はもう決まっているらしい。
それでもよかった。
妹さえ守れたら、それで良かったから。
「つまらないな」男がそう言って何か考えた後。
口の端を引き上げて、言った。
「みさきちゃん」
「かわいかったよ」
「おまえとちがって、いたぶりがいがあった」
一瞬、理解ができなかった。
理解した瞬間、男の胸ぐらを掴んだ。
私の語彙力のすべてで、男を罵った。
けれど、男は笑っていた。
とても楽しそうに、笑った。
冷静に考えれば、ブラフだった可能性もある。
だけど、今、妹に危害が加えられなくても。
明日はどうだ?明後日は?
(ぐしゃぐしゃの線)
殺そう。
悪魔を殺すしか、道はない。
けど、妹が心配だ。
悪魔を殺した私が警察に捕まったら。
バカな母とふたりきりになる妹が、幸せになれるだろうか。
私みたいな酷い目に遭う可能性が高い。
天へ、帰そう。
穢れなき妹を、俗世に染まらぬままで。
私の手で天使を殺して、空に離してから。
悪魔も殺して、そして私は。
地獄へ行こう。
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月 日 終わらない雨
考えた。
推測が正しければ、ルクスさんの持つ資源を奪ったところで、大した実入は見込めない。
なら、襲撃に備える方が結果的には得。
けれど、ふと思った。
あの子なら。
「美咲なら、どうするだろう」、って。
天使みたいに優しくて愛らしいあの子はきっと。
目の前で困っている人を見捨てない。
自分の死で解決できそうだと、わかってもきっと。
"今"、自分にできることを精一杯やる子だから。
お姉ちゃんね。
本当は、美咲みたいになりたかった。
笑顔が似合ってて、可愛らしくて、素直で明るい天使に。
なってみたかったの。
穢れた手でも、誰かを救えるのなら。
救いの天使に、ひと時でも成れるのなら。
終わりを。
救いのある終わりを。
どうか。
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これが最後の日記になるかもしれない。
きっと、誰にも読まれることはないだろう。
それでも、願わずにはいられない。
もし、あなたが天国へ行ったなら
美咲という天使がいるはずだから、探してほしい。
もし、あなたが地獄へ来たのなら
哀れな女の話を、聞いてほしい。
それだけで、私はきっと救われるから。
地獄で待ってる。