喝采、夢。石ころ、羊。手紙、夜。すれ違いの黄泉路。微睡みの走馬灯。三人と二人。

 まどろむ楽土の縁で、私は昔の影法師を見る。

 光。光。

 眩しい光全身が私を貫く。そして通り過ぎる。振り返る度に、かつての私がそこに居る。

 きっとこれが、走馬灯というやつなのだろうか。

 

 雨音が聞こえる。喝采のような、拍手のような、パラパラとした絶え間なく鳴り止まない音。雨。レイニー。世界は、日の長い日に産まれた私に、利息付きの雨を返す。レイン。レイニー。私は雨が好き。好きなはず。好き。

 でも、本当は少し、好きじゃない。

 赤黒くて苦い、血の混ざった雨を思い出すから。もう傘を差す相手も、遊ぶ相手も居ないことを突きつけられるから。雨の中の楽しい思い出はもう、帰ってこないことを知っているから。私の誕生日を祝ってくれる人は、この世界の何処にだって存在しないから

 だから、無邪気に雨が好きとは言えなくなった。躊躇いが産まれるようになった。雨は、私の幸福の象徴だった。そしてそれはもう、何処にもない。だから、好きだけれど、好きじゃない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 こんな夢を見る。

 私とお嬢様が幸せに笑っている。ご家族とも、一緒に。そうして私達は大人になる。いつかお嬢様は、誰かと結ばれる。それを、私が見ている。

こんな夢を見る。

 私は侍従ではない生き方を選んでいた。好きなものを学び、得た知識を磨きながら、私は街角で本屋を開いていた。かつての家の話を、新聞で知る日が来るまで。

 こんな夢を見る。

 命からがら逃げ出した先に、あの日無理をしながら訪れた廃教会があった。私達はそこで、誰にも知られずにひっそりと暮らすのだ。二人で、ずっと。

 こんな夢を見る。

 私は人を殺さなかった。寒い部屋の中で二人で寄り添いながら死んだけど、倫理を犯すくらいならこっちのほうがずっとマシなはずだと思い、お嬢様を撫でながら死んだ。

 こんな夢を見る。

 私は仕事を途中で投げ出して逃げた。優秀だから捕まらなかった。その先で私は好きなように生きている。お嬢様も好きだったことをしている。

 こんな夢を見る。

 私がまともなまま、此処に来た夢を見る。

 こんな夢を見る。

 仲良くなれた人と仲良くなれなくて、仲良くならなかった人と仲良くしている。本や映画や人付き合い、自分の仕事や住んでいる場所の話をしている。殺しを非難し、人を助けようとしている。

 こんな夢を見る。

 私の傍には、今いる友達がいない。それ以外の味方はたくさんいるけれど、君たちとは遠いところにいる。友達の数は多くって、私はずっとまともで、その方がきっと、ずっと良い。

 こんな夢を見る。

 今の友達がいる。私は頭を可笑しくしている愚者で、友達と一緒に死のうと画策している。周りからは孤立して、罵声を浴びせられることもある。それでも隣に君たちが居る。

 __それが、今の私だ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 そう言えば、お嬢様の託してくれた宝石はどうしたのかって?

 アレはずっと持っています。

 すごく綺麗なんですよ。二十何粒だったかと思います。赤も青も、黄色も、どれもが全て、美しかったです。今は少しだけ、かつての家が燃えたときの煤と、お嬢様の手に付いていた血の汚れがありますが、それでも美しさには代わりがありません。

 お嬢様は、私に何故、アレを託したのか。当時は裏切りにも近いその言葉に何も考えられなくなっていましたが、今なら分かります。

 あれは、重病人のお嬢様と私だったら足りないですが、私一人が暮らすなら数年は保つ価値がありました。詰まる所は、結婚費用だったようなものです。

 ……お嬢様は私に、幸せになって欲しかったんでしょうね。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 半羊神の絡まった角は、飛んでも跳ねてもその首を離れ離れにすることはなかった。

 ある若く美しい魔術師と、二人の男女の話だった、気がする。彼らは初夏の昨夜に公園で小屋を出している魔術師に出会う。その魔術を見ていく中で、魔術師に心を惹かれた男は、女を忘れて半羊神にしてくれと頼んだ。しかし女は魔術師に魅せられること無く、男を人に戻してほしい、出来ないならば自分も半羊神にしてくれと頼み込む。そうしてそうなった女は、自身の角と男の角を絡ませた。

 思う。私達も、未来永劫、分かたれることがないように。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 お嬢様、ご無礼をお許しください。

 私はお嬢様と同じ楽土には居られません。

 付き人であると言っていたのに、あなたを先に逝かせてしまい、その上死の先まで、あなたの共に居ることは出来ないようなのです。

 今の私にはお嬢様と会う資格が御座いません。合わせる顔も御座いません。それほどまでに、私はかつての私を喪い、醜く変わり果ててしまいました。

 どうかそちらで、父上と母上と御兄妹の皆様、私の家族も含めた従者の皆様と、お幸せにお過ごしください。

 _____ルディナ・ルフィット

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 おやすみなさい。私達は、助けてくれる伝手のない迷子達。私達、あの世の何処に居るかご存知ですか?もう、再びお目にかかりません。