【0-2.鏡の“天使”は囁いた】

【0-2.鏡の“天使”は囁いた】

  ◇

 “それ”を拾ったのはいつだろう。

 6年前だ。その春のことだ。

 家出をする前の頃に、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は“それ”に出会った。

「お父さまもお母さまも、だいっきらい!」

 親に反発して、逃げ回った矢先。

 見たことのない扉を見つけて開けたら、不思議な鏡が目に入って。

「…………きれい」

 それに惹かれて手に取ったら、不思議な声が囁いた。

『──⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎・⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎よ』

 いきなり己の名を呼んだそれは、“天使”と名乗った。

 “天使”は少女に問うたのだ。

『──今、不満を抱いていないか?』

「…………なんで わかるのよ」

 警戒の目を向ける⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎に、“天使”が言ったんだ。

『──俺がお前を導いてやろう。

 俺の言う通りにするのであれば、お前の不満は解消される』

『俺が、お前に価値を与えてやる』

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は両親が嫌いだった。あんな家なんて出てしまいたかった。両親にすら大切にされない自分には価値がないのだと、ずっと思っていた。そんな中で“天使さま”に出会って、そんな言葉を掛けられたのなら。

「……わかった。したがうわ、天使さま。

 あたしは なにをすればいいの?」

『──それは、』

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は“天使さま”に従った。“天使さま”の言う通りにしたら、手放しで褒め称えてくれた。お父さまもお母さまも⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎を見ないのに、“天使さま”は、“天使さま”だけは!

「“天使さま”に すべてをささげるわ!」

 其れは妄執、其れは狂信。

 “天使さま”の言葉は、最初からちょっと壊れている少女を唆すには充分過ぎた。少女はどこか欠けていて、それを“天使さま”は満たしてくれた。少女にとっては 自分を見てくれない親の言葉なんかよりも、“天使さま”の言葉の方がずっとずっと大切で甘美だった。

 太陽のように思っていた優しき兄の言葉も暖かさも忘れて、

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は、“天使さま”に従い続けたのだ。

「天使さま、天使さま、天使さまっ!」

 

 そうでもしなければ、やっていられなかった。“天使さま”の言葉を聞いていなければ、狂ってしまう気がした。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎は、己の心を守る為にも狂信者となり果てた。

 

 その“信仰”が異常であるということ、

 きっと何処かで分かっていたのに。

 家を出た後で、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎改めロィナはやがて知る。

 己が拾ったその鏡が、“ラギの遺物”と呼ばれるものであることを。其れの性質を、囁く“声”の正体を。

 其れが悪しきものであることを。

──知った、ところで。

「知ったこっちゃないわ」

 少女はわらう。

 知ったところでさ、もう戻れないのに。

「それでもあたしには、

 “天使さま”しかいなかったんだから!」

『良い子だ、ロィナ・アルレット』

 鏡の中で嗤うその声は、

 果たしてほんとうに、“天使”だったのでしょうか。

 狂ってなきゃ、やってらんないわ。