ブランシュ (Eno:40)
髪から肌まで白一色の少女。
色褪せた世界から、この部屋に迷い込んだ。
数年前のある日を境に、世界に蔓延った『色』のない雨。
それに降られたことで、一昔前の白黒映画のように、その身から色彩が抜け落ちた。
世界的に『色』のあるものは貴重品とされているため、身に纏う衣服も色が抜け落ちたもの。
この部屋に迷い込んで、唯一良かったと言えることは『大切な人』と出会えたこと。
いつか訪れる別れの日まで、少しでも長く彼女と共にいることを願っている。
◇
『色』の損なわれた世界において、『色』の抜け落ちた人は差別の対象だった。
『色』のないものはもはや珍しくない。けれど『色』のない人はいまだ少数。
「得体の知れない雨に降られた病原菌保持者」、そのような扱いを当たり前のように受けていた。
けれど『ブランシュ』の両親、そして弟は彼女を疎まなかった。
それどころか、世間から向けられる誹謗中傷以上の愛情を彼女に注ぎ込んだ。
その甲斐あって、まだ高校生の『ブランシュ』は明るく健気な女の子のまま、すくすくと育っていった。
雨が降り始めてから数ヶ月後、各地で不思議な現象が目撃され始めた。
インターネットやニュースを伝い、それらは瞬く間に世界中に発信された。
例えばそれは、『赤色』の紙を炎の形に切り取ったものが熱を持ち始めたり。
例えばそれは、『水色』の冷蔵庫の中身が電気を入れずとも冷やされたり。
だからという訳ではないのだが、ある日『ブランシュ』は弟と二人でテレビを見ていた。
流れていたのは番組ではなく、彼女たち一家のホームビデオ。
少女一人だけが白黒映画のようでも、二人は気にせず、思い出を振り返りながら笑っていた。
──突然、映像が乱れる。
テレビの故障か、録画ミスか、首を傾げたがすぐさまその表情は驚愕に染め上げられた。
テレビの中に映るのはブランシュ一人。
少女は辺りをきょろきょろと見渡すと、画面を眺めていた二人に向かって話しかけた。
「ねえ、ここはどこ?」
「どうしてわたし、こんなところにいるの?」
驚きのあまり、二人は声も出せずに固まったまま。
何も出来ずにいると、テレビの少女は次第に画面の方へ近づいてくる──映像がアップになる、という表現が正しいのかもしれないが、それを見ていた二人、そして当人としても「近づいた」という認識で相違なかった。
そうしてテレビの少女が手を伸ばすと、激しいノイズの音とともに、少女の姿が眩しいほどに明滅する。
姉弟が思わず目を閉じて、再び開いたそこには──ブランシュがいた。先ほどまで見ていたホームビデオに映っていた、17歳の頃のブランシュが。
『ブランシュ』と弟、そして『過去』のブランシュも、驚愕に目を見開く。
騒音を聞いた両親が駆けつけるまで、思いもよらない出来事に三人は顔を見合わせたままだった。
──数ヶ月後には世界に知れ渡ることだが、『色』のない人が映った映像を再生すると、ごく稀にその映像が自我を持って、映像の中から出てくるらしかった。
まさに人智を超えた現象。生命体のコピー、人類は騒然とし、反応は二分された。
「素晴らしいことだ」「雨がもたらした唯一の奇跡だ」、そう考える肯定派。
「許されざることだ」「人類への冒涜だ」、そう考える否定派。
『ブランシュ』と弟の考えは前者で──両親の考えは、後者だった。
両親は家中のホームビデオを破壊し、写真から何まで『ブランシュ』の映るものを片っ端から破棄した。
そしてブランシュを空き部屋のひとつに軟禁した。
両親の愛はブランシュに与えられなかった。
けれど『ブランシュ』と弟は、変わらずブランシュを愛した。『妹ができたみたい』『歳の近い姉さんができたみたい』。
両親の目を盗んで部屋に忍び込んだり、『ブランシュ』と入れ替わって外出したり。
姉弟は間違いなく、ブランシュを愛していた。
そんな二人を、ブランシュは内心疎んでいた。特に『ブランシュ』のことは。
妹扱いなんてしないでよ。わたしは『わたし』なのに。別物みたいに言わないで。
決して表には出さず、表面上は笑顔のまま。
けれど、記憶は『ブランシュ』と全く同じ、それなのに別人として扱われることに、ブランシュの心は日に日に荒んでいった。
ある日、『ブランシュ』が死んだ。どこにでも有り触れた、ただの事故だった。
両親と弟はひどく悲しんだ。
そしてブランシュも悲しんだ。内心嫌っていたとはいえ、自分自身に死んで欲しいなんて思うわけがない。むしろ自分だからこそ、その衝撃は大きなものだった。
『ブランシュ』を失った一家の悲しみは晴れることなく、長く、長く続いた。
……ある日のこと、弟がブランシュのことを『姉さん』と呼んだ。
それはブランシュではなく、『ブランシュ』への呼び方だった。
その日から、ブランシュは『ブランシュ』になった。
軟禁はなくなり、むしろ両親からはこれまでの分を取り戻すように溢れんばかりの愛情を注がれた。
『代替品』、それがブランシュの扱いだった。
ねえ、どうして今なの?
初めから愛してはくれなかったの?
『わたし』とわたし、二人とも愛することはできなかったの?
けれどブランシュは、その嘆きを口にできなかった。
あまりにも遅い愛は、それでも少女を少しずつ満たしていったから。
心の奥底に小さな嫉妬と恨みを残したまま、少女は今日も自室から外を眺める。
すっかり晴れなくなってしまった曇天に、自分の心を重ねながら。
「………………だから、ね」
「わたしだけを知ってるあなたに『愛してる』って言ってもらって、本当に嬉しかったんだ」
「ありがとう。いつまでも、大好きだよ。ノノ」
PL:ろくろ(@ClockRock696)
イラスト:雪見ゆき。さま
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