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「こんにちは 天使です」
んなわけあるか。
「どーもー!!!天使いるかー??」
場違いすぎる明るい声で悪魔がやってきた。
響いた声の元、視線の先。ソファからもたげた頭を、同じ方向に向けた。
そして同じく理解する。……ああ、そうか。そうなったんだな。
それが本人の望むものだったのかは最後までわからず仕舞いだが。だとしても。……
立ち上がる。
「あ」
ロビーに入る。違和感を覚える。
すっかりロビーの風景の一部と化していた、人蛇の姿がない。
……最後に、傍で様子を見た時。
間違いなく。自分で動けるような状態では、なかった。
つまりはそういうことなんだろう。
「あの時話したのが、お別れになってしまいましたね~」
一方的に言葉を投げかけたに過ぎないが。相手は元より物言わぬいきものだ。
仕方ない、とはいえないが。言わないが。
過ぎた事は、どうにもならない。誰しも、別れだって唐突なものだろう。
願わくば、あなたにも、いつか『次』があることを。
自分は会えないだろうけれど。
あれは……何をしているのだろう。
いいや、わかる。……確かめようとしているんだ。
まだ、何か、ないか。……………
起きたが、寝ている間と体勢は同じまま。
暫しぼんやりと、時を過ごしている。
歩く、歩く、躓く。
崩れた姿勢をもう一度、起き上がらせて。
歩く、探す。
ぱちり おめめは さめて
きたひとに てを ふりました
きっと わたしの ちかくで おねむり かしら
しかいに いれると わたしは にこにこ しました。
(ミナミナ〜って言う天使?がいたね。今はどうしているのかな。
最初より人が少ない……のは確かだね)
おぼつかない足取りで、部屋を出る。
ロビーに戻り、すみっこの定位置に戻り、壁を背に座り込み。
いつしか誰かがかけてくれたシーツを被る。
「……」
傍らにいつくかの缶詰を積み、……
目を閉じた。
肉の塊は運ばれる。不平は一つも出やしない。きっともうここに戻ることはない。
「……わかった」
それで、充分だ。
落ちたばかりの意識は、多少の刺激ではそうそう起きはしないだろう。
背負……うのは小柄な自分には流石に無理そうだ。どうやって運ぼうかな。
シーツを……、なんかいい感じに巻き付け、引っ張る。ぐいぐい。
そうして、新しくあらわれた部屋……冷凍食料室へと運んでいった。ずるずる。
重い。
人の言葉での返事は当然無い。万全の状態であっても、これは獣の域を出ないモノである。
まして頭の回りが酷く鈍った今では、なにか話しかけられている、ということ以外はなんにも理解できやしない。それがずっと面倒を見てくれていた貴方であることすら。
鈍重に一度、瞬きがあって。またそれきり意識は昏冥へと落ちていく。反応らしい反応はそれだけで、貴方はこれをYESのサインとしたって構わない。
死を望んでいるか、といえば。どちらでもない、というのが正解だ。それを考えられる意識は殆ど残っていない。答えの出ない問題に悩まされることがないだけ幸せなのかもな。
>バースデイ
屑の付いた口元を指で拭う。
余り物はテーブルに置いて。
君が欲しがるなら差し出すだけ。
治療を施した際、金貨をよこしてくれたのを延命の許可と受け取ってしまった。
死んだらおしまい、と思ったのに、なぜか蘇生されて。
半ば意地で。へびさんを治療し続けた。
貴重な800枚もの金貨を、彼女の命を、無駄にしたくはなかった。
その結果がこれだ。全て無意味だった。
放置して、そのまま死なせてあげたほうがよかったのかもしれない。
恨んでいるだろうか。それを確認する術はない。
かける言葉に迷い。
そもそもへびさんは人の言葉はわからない。
でも、自分で決めたくない、責任を負いたくない。
本人から、何かしらの、許可が欲しかった。
「……楽に、なりたいですか?」
最初のわたしはそう。あなたもそうなのかな。
聴くまでもないことだが。
軽く叩かれて、束の間呼吸が途切れ。まるで重労働みたいな鈍さで、薄っすらと、目が開く。
けれども貴方とは視線が合わず、合ってもすぐに外れてしまう。不安定に揺れる眼差しから、もう目がほとんど見えていないのだろうと勘付けるかも。そうでないかも。貴方次第。
放っておいてもきっと長くはない。今までだって、貴方の手厚い看護が無ければ3回かもっと死んでいる。まだ死んでいない、というだけだ。
随分ぼろぼろ。かわいそうに。
それでも生きている。かわいそうに。
一度楽になれただろうに蘇生されて。かわいそうに。
もはや起き上がる気力すらないのにずっと延命されて。かわいそうに。まるで……。
「……最初のわたしみたいですね」
クローンの元となったわたし。
細胞が壊れて、身体の大半は壊死して随分ぼろぼろで。
ほぼ死んでいるのに、それでも生きているからといろいろな管を繋がれて。
一度生命活動が止まろうものなら何度も蘇生を試みられて。
もはや身体の大半は壊れてしまっているのにずっと生きながらえさせられて。
声の出ない喉。誰にも届かぬ悲鳴を上げ続けている。
お揃いのようでにこにこした。顔ないけど。
「へびさん」
とんとん、と傷のなさげなところをたたいてみて。
起きないようなら、肩を軽くゆすってしまおうか。残された時間はそう多くはない。
布を取り払っただけであれば、これが目を開けることはもう無い。起こしたいなら揺するか突くか、それなりの刺激を与える必要があるだろうな。
「さてと、……」
シーツをかけられたへびさんのほうへと歩み寄る。
そろりとシーツをめくって、顔でも見てみよう。
おきてるかな……。
「善は急げというので」早すぎる。
「もちろん。わたしのかわいい妹を、きっと迎えに行きますよ……では」
みんなを守ろうと、慣れないナイフを振るった彼女を。
今度はこちらが守ってあげられるといい。
そう思いながら、そっとそばを離れた。
>シダレ
それでも お腹には
溜まった のに
「ふーん ……」
ちょっと 考えるように
黙って それだけ
「随分と気が早い姉だな」
困惑。変な祈りもするし。
右に倣えはしてあげない。
「今度は名前も形も違うかもだけど」
「またね。口約束でも約束は守って」
困ったみたいな微笑を浮かべて。
美談を優しく抱き留めてくれる君に、
幸多い生が待ち受けていて欲しいと思う。
>バースデイ
取り繕っても遂には不細工。
丸焦げのホールケーキ転げて。
穴に落ちたら、転げ落ちたまま。
「死にたくはないんだけど。痛そうだし」
「けど、ただ、生き続けるだけなのも違う」
正義も正当も甲斐が無い。
全部は、もう、時の問題で、
それこそ、平等で公正な裁きだった。
「バースデイにはさ、」
「素敵な誕生日迎えて欲しいから」
「……みぃ……」
はじめて いのった ひとと あわせて
そんな こえが もれた かも しれません
ねごとは おくちを とざせませんので。
あふ …
「おや、では私がお姉ちゃんで」
ちょっとそれはどうなんだろう。
「またね、愛する妹よ……」?
気が早い。ひらりと手を振って、愛する妹に別れを告げた。
特に根拠もなく、来世は姉妹になれると信じていることだろう。
否、根拠ならある。そこで眠っている天使様がきっと導いてくれる。
「ミナミナ、……ミナミナですね」
初めて祈りの言葉として、それの言葉を口にした。
神にはもう祈らない。神は助けてはくれなかった。だが。
ここでの生活において、天使様の存在はたしかに支えになった。
だから、これから先もきっと助けになってくれるはず。
「馬鹿みたいだって思わないのは楽」
「もっと、早くに思い付くんだった」
心優し過ぎる君は、確かに人並外れて、
顔の無い怪物だったのかも知れないね。
「お姉ちゃんは、もう、懲り懲りかもなあ」
「だけどいいよ。甘えられるの慣れてるから」
夢みたいな話だ。現実逃避している。
でも、次があるなら。もしもの話。
あたたかなものが傍に居てくれたらいいな。
>シダレ
計量もせず 詰め込んで
焼き上げ 端を焦がした
リボンだけが きっと 綺麗
取り繕う事だけが きっと
上手くなって ゆく
はご はご 屑を零しながら
雛のように 頷いた
「?」
「シダレ しにたい ?」
しょうがない それは仕方ない
そういう人 殺しても 君はもう裁けない
>バースデイ
嘘も勘違いもボウルに放り込んで。
曖昧に掻き混ぜて泡立ったまんま。
最後、好みのテープあしらって満足した。
「ゆっくり食べなね。残りは……」
「テーブルにでも置いとくから」
ビスケットの一枚、一枚。
小さな口に差し出して餌付け。
「もしも、それでも足りないのなら」
「君が、私を刺してくれたっていいから」
「しょうがないからさ、それはね」
俯いて。囁いて。微笑む。
なけなしの善意を差し出した。