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息を確かめる為、であれば顔付近の布も捲られただろうか。赤黒い染みの残るそれを剥げば、濁った力無いものであるものの、こちらの視線とかち合ったかもしれないな。
布が戻されたことにはぼんやりとした不満を覚えたらしい。伝える術はないが。動けないのは非常に暇なのだ…
「……ふぅん」
その様子を見れば何となく事の顛末は理解できた。
それで次はどうするのだろう。
アレは放っておいても長くは保たないだろうに、
安全の為、という域を超えて自己満足の為に
殺し直しに来るだろうか?効率の悪い。
「人間って愚かかもですねぇ」
人間というより天使目線──
「んー …」
すれ違い かも 三つ編みリボンと
フムー 考え中
「……ありゃ~。お返事がないのは寂しいことですね~。
言葉が無いというだけなら、ムー様の様に疎通出来るのですが~」
別に立ち去る姿を止めることはしないし、ただ見送るばかり。
殺すだろうなあと思っても、別に止めようとも言わない、殺そうとも言わない。
ただそこにいて、見守り、見送るばかり。
臆病だとか、倫理的に善だとか、そんなものより外れた態度で。
「ともあれお気を付けて。昨日のシダレ様もそうですが……
合理的じゃない行動というのは心配ですからね~。ミナミナ~」
生きているのを確認できれば、
すぐにシーツから手を離す。
あけすけで迂闊な行動かもしれないけど。
ここでこんな化け物を匿っている奴らは、
どうせ自分の身がかわいくて手を汚せない臆病者ばかりだろう。
きれいごと並べて、死にかけの獣を囲って、
こんな環境でも善であれることに安心して、
気持ちよくなっているだけのさ。
寄ってきた天使に視線だけやって。
気が済めば、早々に立ち去っていくかな。
「うおっ……人間の起床音とは思えない音……」
「ぶおっ」
天使アラーム、もしくは天使人感センサーに連動して
空気清浄機が作動した。
「クッ違う。残念エンジェルです。気が変わればまたいつでもどうぞ!」
「………、……おお~ 躊躇なく行動されますね~。
よろしいので?貴方様も安全を確保したいと思うのですが……
こうもあけすけな行動は、現状リスクが高そうに思いますよ~。」
とたとた。そちらに数歩歩みながらのたまう。
お久しぶりには頷いている。
相談でも入信希望でもないので、
それは首を横に振る。
探しものはもう終わった。
いるのがこの天使だけなら、
さっさと用を済ませて帰っちゃおうかな。
とと、とシーツが被さったそれ。
それに近付けば、躊躇いもなく捲り上げる。
……。
あるな、息。ほんとに。
虫の息だけど。
「……、おや!こんにちは、お久しぶりですね!
どういたしました、人探しの最中でしょうか?
それとも……天使にご相談が!?入信希望!?」
ニコォッ…………
顔だけを出して覗いている姿だろうと、
すぐ反応して笑顔を向けてくる。
ひょこ、と扉の影から顔を覗かせ。
ロビー内の様子を見回している。
目的のものは……あった。
じいっと、目を凝らしても白い塊を見ても、
この距離じゃあよくわからないか。
……。
あんまり堂々と入り込むのもなあ。
やったこと、もうバレてるかもしれないし。
「……皆々様方~!おはようございます!
朝がやってまいりましたことを天使がご報告いたします!ミナミナ~」
ロビーの隅で省エネ中。
話しかけたら応じはするのだろう。
「う……」
目を覚ます。
頭の中で声がする。
契約を果たせ、と。
「出られるかどうかなんて……わからないじゃない。」
小さくこぼした。
―………
誰も起こさず
静かに去っていった。
でかいシーツに覆われた体を見る。
手厚いものだ。身ぐるみを剥がれもせず、遺体で遊ばれもせず…ただ目的の為だけに殺された。
そろそろ遺体らしい死臭もしてるだろうか。
親父の時は、すぐに腐っていった気がするが……
「………」
まだ眠る者が多い内に気配を殺して、ロビーへと足を踏み入れる。
あれだけでかい身体だ。
動かす気力も体力も無ければ、此処に置いてあるだけだろう。
「…」
ここで目を覚ますのは何度目か。
徐々に胸の辺りの違和感が強くなっている気がする。
やだな。
まだ、ここではまだ。
「…」
行こうと出ようとして、微かに動く白いそれを見る。
「…」
「今は、大人しくしてろよ。」
「数百年先になろうと、数千年先になろうと……
諦めるという選択は、ないのですが!」
「何もしなければ、もしもの未来すら有り得ないのですから」
ロビーはすっかり静かだ。
誰に言うでもない独白を虚空に投げれば、命数のいきものは静けさの一部になった。
「…“種蒔き”計画を完遂できたとして、
私が再びヒトと触れ合うのはどれだけ先の未来になるでしょう?」
「不可説不可説転、などという荒唐無稽な時間を過ごすわけではないことはわかります。
飽くまで私もいきものですからね」
ロビーへと戻ってきて、ソファーに収まる。
顔まで覆われたシーツの下、微かに息をする人蛇には気付いただろうか。
気付かなかったにせよ、気付いたにせよ、これは何もしなかっただろう。
肉を抉った煌めきを確かに覚えている。
抵抗しようにも腕も何も動きやしなかった。弱ったものは狩られるのが道理であって、だから、動けなくなった己が数もよく分からないぐらいに刻まれたとて仕方の無いことだと。何もかも曖昧になっていく思考の中で納得した、筈である。
蘇生薬は確かに呼吸と拍動を引き戻した。ただ、負った傷の全てを癒やすわけではないのだろう。断たれた太い血管は薄皮で繋がり、腹も中身を零すことなく、致命になるような傷だけがある程度塞がれた、というだけ。到底誰かを襲えるような状態ではないのは確かだろうな。
顔まで被せられたシーツが煩わしい、というのが、一通り主張する痛みにある程度慣れてからの人蛇の感想だった。死体を装う為なら仕方ないのだろうが、その辺りの配慮を獣に求めるのはほぼ無理だろう。
胸の上でお行儀よく組まされた指を動かそうと試みる。……ひくり、と指先が動いた。ただしそれだけで、掛けられた布を剥ぐような動作は出来なさそうだ…いまのところ。
ここでぼんやりと 今日までをすごしてきた
寝静まっている つくすひと いのるひとたち
まとっていたシーツを 鮮やかな色の髪にかぶせて
ふわりと巡り しずかに去る
しずかにそこに在る
シーツをかぶったまま
袖のなか。
医療品と間違って買ってしまった、ナイフの重み。
これを実際に振り上げて他者を害した人の命の重み。
はたして等価だろうか。
それをはかれる天秤は、この紅紫の怪物の中にはない。すや。
はかる必要もない。
ナイフ一本で奪える、軽い命など。
「プ……イ……」
高性能空気清浄機なので、
人様の傍では音量が抑えられます。高性能だから。
迫ってくる……"異音"がッ……!?
シーツには入らなかったが、
空気清浄機もずるずる膝歩きで、ちょっとだけ寄っておいた。
「ぶい~ん」
「フフ……よくぞ来てくださいましたねムー様……
ここで誰も来なかったらシーツの中は天使の涙で濡れていたでしょう……」
「よ~しよしよし よくすやりよくおやすみなさいませ……」
くうきせいじょうきさんが いますね……。
あったのは ちのにおい や そせいやくさん くらい
ですが くうきが きれいに なった かも?
それは そうとして てんしさまが おいでおいでを しているので
すぽっ! と おさまりました
そのまますやぁ……
「お疲れ様。おやすみなさい……」
天使様と少女を労い、定位置の隅っこに行く。
壁に背を預け、やがてかすかな寝息が聞こえる。すや。