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「よし、……いきましょうか」
シーツにくるまれた一つの遺体をなんとか抱えたまま、
もたもたと冷凍室に向かうだろう。
もたもた……。
よいしょ、よいしょと死体を乗せる。
数は3つか。
蛇がいつの間にかいなくなっていたことにやっと気づいたか。
ここにいないということは、そういうことか。
いつか蛇を殺された時、ちょっと吹っ掛けをしたけど、特に蛇に対して思うことはない。
面白いかな、って思っただけ。イカれてる。
死体だから、重いんだろうけど、一度で事足りるならそれでいいかな。
「よいしょー」
自分もひとつ遺体を抱え上げ、いざいざ冷凍室へ。
ここにある遺体は、特によそから運び込まれていなければ、
初めからずっとここに居たが結局一度も目を覚まさなかった最初の二人のほかは、愛ちゃんくらいだろうか。
へびさんはわたしが処理したので。
なので三人なら一度で事足りるのかも。
結局のところ、冷凍室に運んだ方が腐らなくて良い。あそこには処刑器具が置かれている。
死。
その観点から見て、そこに死体を並べる安置室として、なら良いか。
「りょーかい。」
ここに残っている死体は何個だっけか。
顔を塗り潰された男に合わせて、ときどき咳や息切れしながらも、死体を台車に乗せるか。
「……むー?」
とりあえず おうえん しておきました
したい おかたずけね
せいりせいとん だいじだものね
力は 無いので
落とします
蝋燭に 火を灯し
吹き消すだけの 行為に意味は無い
お誕生日に ケーキにそれを刺して
暗い部屋で ふう とする
だから お誕生日ケーキは 特別になる
「がんばれー」
ふれーふれー 応援する気は あります
「えぇ。……」
腐らない。は、腐らないが。
最後は、それでも生き延びたい人が勝手に投げ込んで缶詰にするかもしれない。
その観点からも、腐らない冷凍室への安置は合理的だ。
もはや物言わぬ死者に弔うよりは、生者を弔うほうがこの怪物の宗教観にはしっくりくるだろう。
残された時間もわからない以上、特に却下はしない。
がらがらと、シーツのかかった遺体の前まで台車を運ぶ。
廊下向きにまっすぐ押せるように角度を整えたのち、できるだけ小柄な遺体を台車に乗せるだろう。
「バランス崩してこけないようにお気をつけて……」
「だめそうって思ったら無理せず一旦とまって呼んでくださいね」
両腕がない以上、他よりバランスはとりづらいだろうと。
誕生日の子に呼び掛ける。しんぱい……。
「んー、そっか。」
そういえば、誰かに生前葬してほしいって頼まれてたな。
それも出来そうな気がしたけど却下されるかな。
「ん、おかーえり。」
台車を運んで帰ってきた。
仕事の始まりだ。
「おかえりー」
いい子ちゃんに してた
大人しく 大人しく
今日も暗くなるのかな。なったなら、ここにいる人にもナイフを振るう。
「これで くさらない ねー」
「させたい」
「ひとりでなにもないまましぬよりうんといい」
だって その時にはもう ケーキも無いんだろうから
それは 寂しいし 悲しい
逆に言ってしまうと
それくらいじゃないと もう
死ぬ気は無かった し
死なせる気も 無かった
命って、とりあえず息が出来て心臓が動けば良いんだろう。あの蛇を見て、理解した。
奇跡じゃない。綺麗なだけの白い光を現実に引き込む為に金を貯めてきた。
暗く赤いここに堕とす為にナイフを振るった。これからも。
「♪」
ふん ふん にこ にこ
口遊む バースデイソング
「もどりました~」がらがら。
廊下から台車をもってくる。寝てる人々にはちょいうるさいのかも。
これならおててがなくても、いい感じに押せば運べるだろうか?
とはいえ誕生日の子も、小柄なのでできるだけ軽い遺体を選んでやりたい。
へびさんの運搬は、手が使えてもまぁまぁたいへんだったから。
「はじめましょうか」
最後のお仕事。
「は、そんなにオレにおいのりさせたいのかよ。」
ダメ押しされてる。ただの葬儀屋なのに。
いまだにどうしてそんなにお祈りされたいかなんて、わかっていない。わかろうともしてない。それは無関心故か。
「いってらー。」
もしも、蘇生薬なんて奇跡があれば。
あの蛇みたいに生かされるだろうけど、どこまで生かされるのかね。
切り離されたこの空間には、奇跡なんてないだろうに。
「ダメー」
そのために お金も集めたんだもの
寂しい ?
ううん お祈り されたいだけ
自分が 死んだ時に 祝われたい だけの
ガキ
別に手足が無くても耳がなくても目がなくっても良い。口があればまあ、良いかな。
ゾンビだって唸るだろう。ケーキ作りが下手くそだって良いんだ。
最後火を吹き消す、吐息さえあればね。
「いってらっしゃいー」
ばいばい お見送り
お手手がないから 言うだけ 口だけ
おしごとかしら おでかけかしら
ねていた ソファに すわりながら
かいわを ぼんやり きいてます
おるすばん おるすばん
てんしさま いがいも ちゃんと まてるのよ。
「おや、どうやら数日じゃだめみたいですよ~。ふふ」
誕生日の子から上乗せされた、さらなる無茶ぶりにのっちゃう。
やっぱり葬儀屋さんがいなくなるのは、この子もさみしいんだ。
ぽてぽてあとをついてまわって、お手伝いも護送もしてたもの。なかよしさん。
「あるんだ。では探してきますね」
台車を探しに向かう……多分すぐもどってくる。
「えー、それはわかんないよ。オレが大丈夫って思っても、身体の方が先にくたばるかもしれないし。」
生きている屍かもしれない。またはただの壊れた人間か。
ふらり、ゾンビみたい。こちらも立ち上がって仕事をしようと。
「台車なんてあるんだ。それがあれば運ぶの楽だね。」
しぶとい ……
薬や 包帯の 出番かと 思ったけど
「すうじつ ……?」
「ダメだよー すうじつじゃ バースデイしなない」
今も ずっと元気
元気なのになあ
「だいしゃ ある たぶんどこか」
「シャワールームの ひとたち つかってた」
「ろうかかな」
シャワールームには あれ 片付けられない と思うし
「しぶといならもう数日持ってもらえるといいんですけどね~」
無茶ぶりしておく。やっぱりさみしいので。
結局いずれはみんな同じところにいくのだとは思うけど。
「……えぇ。助かります」
こちらも一応は男手ではあるが、年相応に小柄なもので。
立ち上がり。多分誕生日の子も手伝ってくれそうだし、と視線をやるが……。
……いやお手伝いしてくれるおててがないな。
「台車とかあるとお手伝いしやすいのかな」
誕生日の子に尋ねてみよう。押すだけならなんとかなるだろうか。
「大丈夫だよ。数日前からこれだし。案外しぶといかも、オレ。」
事実。シャワールームでそれなりに吐血はしていた。見える世界が歪むこともあった。今はそれを抑える薬なんてもうないけど。
平然を装ってる。
「昨日の死体運び、やらないとだろ。男手が必要だよね。」
「おはようございます」
誕生日の子にも、明るめの声でご挨拶。
ふらふらしていて大変そう……
小さな体には少々大荷物なのだろう。
缶詰も増えているようだし。
ろうそくさんに てをふりながら
わたしも すこし かたむきました
おはよー
と、おくち ぱくぱく
ぽて ぽて
軽く 朝の散歩を 終えて
戻ってくる
袋の重みで 傾いた足取り
「おはよー ?」
おはようの こえに おててを ふりました
いつもの あさだなぁと おもってます。
「おはようございます、……」
少女にも挨拶。
声は暗くなりすぎないように。……うまく繕えているといい。
「おつらいですよね……」
「横になっていたほうが楽なら、無理はしないで休んでいてくださいね」
何もできない。しゅん。
無駄に体力を消費して、命を縮めることはない。
言っておけばよかったと後悔したくはないので、提案だけしておく。
自分のかぶっていたシーツは……いつの間にか傍に寝ていた、ふわふわしたかたに被せてみた。
「や、おはよう。」
最後になるかもしれない朝の挨拶。
誰かがかけてくれたシーツで血を拭う。
至って平常だ。
ぱちっと おめがさめて
そーぎやさん こほんこほんで おつかれなのかしら?と
くびを かしげました。
「にゃみ」
ねむいらしい。いっぱいねたでしょ。
誰かが咳き込んだ音で目を覚まし、目をこすりつつ。
やはり容態があまりよくないのかと葬儀屋さんへと視線をやり……
「おはよございま……え」
赤。……血だ。
昨日シーツを裂いていくつか作った包帯もどきを咄嗟に手に取りはするが……
怪我はしてないようなので、それで治せはしない。内臓を止血するのは無理だ。
朝だ。朝か。朝なのか。
重たい身体を無理矢理でも起こす。
余命宣告されたはずなのに、ずいぶんまぁよく動く身体だ。
自分でも思った。
何度目かのここでの目覚め。
まだ寝ている奴らもいる。
でもこうして、目覚めるのも、きっとこれが最後かもしれない。
そんな予感がした。
だってほら、今、ここで、咳き込んで、
「………ぁ。」
赤が零れた。
袋の重さで命を量る事は無いが。しかしそれは確かに命が散った後に増えてしまう。どんどんと重くなって、生者の地軸を傾ける。アンバランスに足を引く。歪なパ・ド・ドゥ。しかしケーキの上ならば尚更に。
だから気が狂うんだろうか。元より違える子供の形した化け物に、その余地はあるんだろか。
気が狂った人間を見て。その果てに潰される果肉を見て。何とも思わん癖に。
それを最期まで浴び続けるのに。
「んー ……」
ゆっくりと立ち上がる2本足。やはりよろよろと振れた。周囲を見渡し、まだ誰も眠る事を確認する。どの道死体運びには貢献出来ない。
死の責任を何一つとらない。とる手はとうに無い。
誰も起こさぬよう、すり足で歩く。散歩。ぶかツー。次の標的を見定める。
そんな事の繰り返しだった。
最初から。