『ロビー』
色褪せたようなあまり広くないロビー。
無人の受付カウンターとモニター、いくらかのソファがある。
開いた大扉の向こうは、中庭が見える。
『記録[
「今日の死者は4人であり、皆私めと個室などで語らった友人でした……!
コトリ様(一度会っただけ)も、
サニー様(知らない)も、
A様(知らない)も、
サワラ様(居合わせたことはあるが知らない)も……!
どうか皆様のためにも、友人を失った私めのためにも、彼らのことを知ってほしい!
どうか、出来るだけ多くの人をロビーかバンケットに集めてください」
>>8168
「…こんな状況だし。私に多少でもできることがあるならしておくに限るだろう。」
何せ、普通ではあり得ない状況。不安定になるのも仕方がないから。
せめて自分ぐらいは、最後まで医者としてありたい気持ちが、この女にもあるのかもしれない。
「……。」
慟哭する者の続く言葉を待っている。
弔いの儀、つまりは葬儀、ということだ。
伏せた目は、ただ己の足元を眺めている。
「…そう。まあ、酷くなったら多少はできるから言ってね。…さっき色々あったし。」
機械の不具合なんかもあったし、と。
…この女は、どうやら仕事柄か。人の観察は得意らしかった。
「死者のどういう人物であったかを皆様が知り、せめてここで過ごす間は覚えていること。それが死者に対する弔いであり、今生じている重い不安を軽くする手段ではないでしょうか……?
無論、彼ら4人を全員知っている方は少ないのでしょう。ですがここに死者4人と話を交わした私めがございます!
私めなら、彼らの人となりを皆様に伝えることが可能です」→
>>8112
「……いつもすまないね、本当に」
「…………ありがとう」
かけられた優しさに、思わず鼻声になってしまう。
少しばかり不安定になっていた心に、僅かに温かみが差し込んだような気がした。
「いいよ。こんな傷、あと10回受けたって平気」
擦り傷以上、軽傷未満。
押さえていれば赤色も止まるだろう。
最後まで隠せると思ったのにな。
でも、こんな些細なことに気付くだろうか?
「はい……遺体は安置しておくほかないのでしょうが、先ほど死んだ4人の弔いの儀を早急に執り行いたいのです…ッ!
我々の中で死者が出てしまった。これはもう変えようのない事実です。ですがこのままでは、"殺される不安"だけが今後残ります。
死者のことを何も知らないから、死に対する受容が出来ないまま実際の死者を忘れてしまえばそうなります。
我々は、死者を正しく認識する必要がございます」→
やって来るなり、モニターを眺める。
__本当に、人が死んでるんだな。
人伝に聞いた噂とモニターだけの情報では、まだしっかりと実感は湧かないけれど。
なんとなくそんなことを思いつつ。目はモニターに向けたまま、周囲の話し声も耳に入れ。
ぽたり、ぽたり。
ただ赤いだけの雫を垂らしている。
服のうちから滲み出すそれは何とも邪魔そうだ。
あなたの試みは成功した。
ちっぽけな傷を与えて、僅かな報酬を得て。
「思ったより痛くないんだ」
「……色んな意味で」
辺りを見れば、それどころではなさそうだ。
死人。殺人。この空間で最も非効率な振舞い。
奪われたものから奪うのは損だっていうのに。
「あぁ、綿積さん。…よかったらこれ、使うといいよ。」
綺麗なテーブルクロスを1枚、バンケットから持ってきた。
欲しい人がいるなら、まだ残っているらしいから取りに行くといいだろう。
「……」
「霊安室…でございますか……了解いたしました」
見上げた男の顔には、目元から零れかけの涙と潤んだ瞳があった。
「こんなことが起きるとは、思っておりませんでした……それも、私めと事情を教えあった方々が4人も……
……その…ッ……」
ここで下した拳を強く握りしめる。苦虫を嚙み潰したように言い淀む。
「彼らの一時の友人として、お願いしたいことがございます……」
「…」
そういえば、まだバンケットの方にテーブルクロスは残っているのだろうか。有るなら、暖を多少でも取れるはずだと。
「…少し、私はバンケットの方に。…直ぐ戻るよ。」
「彼らの事は……残念だったね」
「遺体は皆が人目につかない場所へと運んでくれたそうだよ」
激しい慟哭に少々驚いたものの、自分以上に強く悲しみに暮れている彼を見て……。
自分の心を代弁してくれたような、ほんの少し救われたような気がした。
濡れきった身体を起こし、ゆっくりと彼に近づいてゆく。
「遺体なら、霊安室に。さっき運び込んだ。…ここで朽ちさせて、はしたない思いをさせるわけにも行かなかったから。……顔を見たいのなら。」
と、廊下の方を指して、静かに言う。
「コンテキスト様……」
慰めようと動きかけるも、
掛けられる声などあるわけもなく。
ただ、悲しげに、膝をついた姿を眺めていた。
「皆様が死んでしまった……僅かな時間で私めと仲良くして頂いた方々が4人も……っ!
いっ遺体はッ……何処に……!確かロビーで二人が……ぁぁっ……!」
声にならないようなそんな声で。
「……ハハ、頭どころか体まで冷やしてしまったよ」
「これは少々やらかしちゃったかな」
ソファで横になり、膝を抱えてみる。
表面積が減った分、多少は寒さがやわらいだ気がしなくもない。
「あっ……ああっ……!ああ”あ”ぁ”っ……!」
立ち尽くしていた男はその場で下を向き、どっと膝から崩れ落ちた。
そして四つん這いになり、悔しそうに地面を叩いて……大きな慟哭を溢した。男の表情は見えない。
「…そうか。……まあ、危惧していたことが実際、起きてしまったわけだからな…。」
モニターに目をやりつつ。赤く光った文字は、姿を変えることはない。
そのまま、いつものように開いているソファへ座って。
背もたれへ伸びて、首を伸ばしつつ、少しばかり休むのだろう。
「…………何でもないよ」
「皆緊張してるのさ、こんな状況じゃ無理もない」
ふと、去っていく気配に気がついて。
なにか。なんでもいいから声をかけようと喉を絞って。
「クシュン」
小さなくしゃみがひとつだけ。
落ち着いた今になって全身の寒さと水気を思い出す。
覚束ない足取りでモニターの方へ寄っていく。
撫でるように羅列している名前を確認した。
赤く書かれた文字の人々。
知らない人だ、名前すら、尋ねることは叶わなくなった。
「……ああ、でも……手を伸ばしてくださる方々だったかもしれませんのに……」
名残惜しそうに名前を撫でる。
紐で繋がれた、赤く汚れていない手の方で。
「お可哀想に……ああ、本当に、お気の毒に……」