『ロビー』
色褪せたようなあまり広くないロビー。
無人の受付カウンターとモニター、いくらかのソファがある。
開いた大扉の向こうは、中庭が見える。
『記録[
「ここも、寂しくなったな」
またふらりと戻ってきて、誰に対してでもなく、そんな事をつぶやく。
人が好きで、人を愛していて
それなのに……手にかけた。支離滅裂で、破綻しているか。
「あーあ、怒られてしまうなあ。私はどこまでいっても、腹黒い雀のままだ」
少し晴れやかに。また、ソファーにかける。
いつの間にか、部屋よりもここが一番気に入る場所になった。
「落ちちゃったら元も子もありませんもんね」
猫は猫でした。
名前なんて………………
……あったのかもしれませんが、すっかり
忘れてしまっていましたから
「行きましょう」
2人の後ろから、気ままに着いていくのでしょう。
「…へへ、嬉しい。」
自分でもなんてセンスがないと、最初は思ったけれど。
赤い猫さんなんて、居ませんから。
一生に、世界に一つの、特別な、貴方にだけの、呼び方。
「…うん。」
肩を貸されながら、ゆっくり歩いていく。
そのまま、貴女が行くところへ、連れられていく。
「じゃ、行こうか。みんなで」
「…………落とし穴に落ちないように、ね」
最後までいっしょにいたいから。
歩きやすいように、傷が痛まないようにと綾川さんに肩を貸しながら。
ゆっくりとロビーの出口へ向かう。
「赤猫って呼ばれ方」
「結構好きですよ」
今となっては、ですが。
「食堂にありますかね。猫はしばらく食べなくても大丈夫ですが」
同じくか、立ち上がって。
今一度身体を伸ばしてから。
「……そう言えばそうだね…。」
そう言えば、しばらく何も食べていない。
この前は、何やら誰かが分けてくれていたみたいだったけど
今は自分も、資源がない。
「どうしよ、…。」
そのまま、任せてしまおうか。それとも。
「…一緒に行ってもいいか?」
「や、猫ちゃん」
「今日は……どうしよっか」
どう終ろうか、とは口にせず。
「ご飯にしたって僕の方は資源もないし……」
「…………。食堂まで、僕が取ってこようか」
触れられていた手をそっと引きはがして、立ち上がる。
「……赤猫さんも、おはよ」
最初はこの名前、センスない、なんて揶揄われたっけ。
今じゃ、この名前以外で呼ぶと、ちょっと違和感があるぐらい。
日差しもないけれど、温かな、朝。
日向ぼっこでもしているような気持ちで。
「おはよう。」
「………うん。」
これは、あなたのお陰。
あの時はどうやって触れればいいかわかんなくて、と、クスリ。
とても長いようで、短かった、1週間。
最初は、感情も出せなかった私に
この時間は人の温もりをくれた。
終わらせる時は、貴女に任せよう。私は、一緒に居られるだけでもう、十分だから。
この『room』でかつてここまで穏やかだった朝があったでしょうか。
そんなことを考えたところで
今を楽しむだけなのですが
「お二人とも起きましたか」
のんびりとしつつも
雨は降っていて。
「……おはよ」
「撫でるの、上手になったね」
最初の頃なんか、ほら。頭をそのまま掴まれてさ。
なんて、他愛のない談笑。
終わるのなら、いつだってできるから。
手の感触に合わせて頭を傾けながら、ゆったりとした時間を過ごす。
「…………」
ふ、と。気配がして目が覚める。
起きたかな、寝てるかな。
もう少し、このまま、ゆっくりしようかな。
まだ、時間はある。
置いた手を、ゆっくり、撫でるように動かして見たり。
すぅすぅと、穏やかな寝息を立てて眠っている。
きっと、今までで一番安心できる場所で眠れたのだから。
終わりを始めるのは今からでもいい。
ただ、あと5分だけ。
この温もりの中で微睡んでもいいかな。
「……ん」
「…………あさ、か」
「……」「っと、」
カウンター越し。起床した少年は寝ぼけ眼でロビーを見る。
観測はまだ続けられている。観測はまだ続けなければならない。
これは二度寝に成功していた綾川。
お洋服をちゃんと着直していて、スヤスヤと寝息をたてています。
たぶんゆすれば起きてくる。起きなかったらそうしよう。
「んにゃぁ……」
猫が欠伸をしながら起きてきました。猫です。
起きて2人がいることを確認できたら
耳がぴょこっと動いていて。
それと同時に少し恥ずかしいような……
ここロビーだし……
明らかに泣きすぎたな、目が痛い。
身体はもちろん痛いけど、今のこの温かさと比べたら、そんなに気にもならかった。
………こんな幸せになって、良いんだろうか。
いや、今は良いか。
前の私なんて、もう死んでるも同然だし。
2人は、逃げないだろうから。
「………ックシュ」
肌寒さで目が覚める。
一瞬、温かな所を抜け出して、干しっぱなしの服と白衣を取りに行って。着て。
そのまま、もどってきて、同じようにハマる。
起きなければこのままもう一眠りしよう。
『資源倉庫への追加資源を配置しました』
眠っているのだろう、皆を横目に見る。
「…安寧を。」
「そして、天への導きを。」
そう言って、空いているソファーへ向かい、眠りにつく。また明日、目が覚めたら。きっとまた、人は少なくなっているのだろう。
それは少し、寂しくて。苦しい。
『資源倉庫への追加資源を配置しました』
身を寄せ合い、眠る者を見る。別の所でも見た景色。
これが人なのだろうな、と、ただ一羽思う。
「……救いがなくても、きっと…こうして、命が廻るのだろうな。」
「皆が…安寧に包まれて、幸せであればいいのに。」
温もりを思い出す。ひとり、またひとりと消えていく世界で。
その人は、希望を捨てなかった。抗おうとした。
「おやすみ、人の子よ。良い夢を。」
それは、その場で眠る子らだけではなく。このホテルの内部全部、そして、冷たき霊安室で眠る子らにも向け
「……」
「現世から、応援をしておきましょう。君たち」
「舞台で踊り舞う人がいる限り、俺は観測者でいますから」
だから、まだ。雨が降っているのだ。
「……ま、観測しなきゃいけない人は他にもいますからね」
「そうそう絶望することでもないや」「全員の終を、見なきゃいけないんだし」
ふわ、と緩慢に欠伸をして。雨が滴り落ちる音を聞きながら。
カウンター奥。瞳をゆっくりと閉じて、今日の観測
「……」
静寂、閑散、静謐、虚構。
阿鼻叫喚と化していた数日前が嘘のようだ。
「あぁ、」「そうか」「そうですか」
「あなた達の観測も、明日には潰えてしまうんですね」
観測者、或いは閲覧者、或いは舞台を見守る観客。
カウンターの奥ではそのような者が見ている。見ていた。
「観測不能域に入られるよりかは幾分かマシではあるけれど」
「それでも、観測出来なくなる事実は変わらない」
「…………