『ロビー』
色褪せたようなあまり広くないロビー。
無人の受付カウンターとモニター、いくらかのソファがある。
開いた大扉の向こうは、中庭が見える。
『記録[
「………違う、そんな話なんかじゃない。」
珍しく、話を止めようと声を上げた。
今は、それどころではないのだ。
明るい話ができるほど、皆元気ではない。
「どうしても食堂に行けない人が何人いるかですが……あっ皆様お元気ですか!
聞こえてきましたよ!歌と食事の話でございますか?歌と食事といえば、私めの世界にはクリスマスという文化がございまして、
クリスマスの日に家族でクリスマスを祝う宗教の歌を歌い、七面鳥などを囲んで食べたりするらしいです!」
「………」
「30時間。なら。………そうは長くないはずだ。」
長くないのが、問題なのだが。
こんな短時間で、彼女をどうしようか。
彼女を、どうしてやればいいのだろうか。
そんな、答えのでないばかりが脳内にこびりついて。
「消えたのかは知らんけど落ちてたんだよ、空き部屋で休もうかと思ったらさあ」
「まあ酷え状態だったな、血だらけで… まともに歩けもしないのにピイピイ喧しく囀るもんだから首折ったんだわ」
「流石に全部は喰ってねえよ、残りはまた見に行ったら消えてたからなあ…」
杜撰な嘘だ。信じない者もそりゃあ出る。
重要なのは、大切な子を冒涜するような輩に翅の子がどう反応するか、だ。それをただただ面白がっているんだ、この人でなしは。
「はぁ、忌々しい」
さすがの猫でも、それが嘘くらいは分かりますとも。
人の話をロビーでずっと聞いていましたから。
「……あと、何時間でしょうか。
停電もあと……何回でしょうか」
もう、誰も死なないといいんですが……
>>15347 夜草
「あ〜?」
最悪な冗句を吐いたその口で、随分と真っ黒になってしまった子に視線を移して首を傾ぐ。事実として貴方は襲っていない…が、
「分かるもんなんだなあ…? おれ襲われたとき全然分かんなかったのにさ、夜目効く方なん?」
そう誤解してくれる可能性があるなら利用せざるを得ないな。襲った、ということにしておこうか。当然反省の色も欠片もなく頷いた。
「嗚呼、あの悍ましい歌のアレかぁ! 美味かったぞ!!」
行方不明、所在不明であるならば。あまりに酷い嘘を吐いたとて、それが真実でないだと見抜けるものは多くないだろうさ。これが人を喰いかねないような言動をしていたのは皆見たことがあるだろうし、天使を厭い気味であったのも同様に。けら、と嘲笑って、天使と仲の良い子に頭を下げておこうな。
「………そうだね。だからだよ。」
人を殺したことがあった。だからナイフを持たなかった、という返答だけが返っていった。
「………2度と、あの過ちは繰り返さない。」
ここに来てからは、その信念を曲げずに、ナイフには1度も触れなかった。
ナイフを見て、聞いて、動揺することも無くなった。
モニタの文字。そこの翅の子と仲良くしているのを見たことがある天使。行方不明なのだろう。成程。
暫し小さく頷いて顎を撫で、思案。
「ほらさあ、37番は人を殺したことがあるよ〜な事言ってただろ? なら危ない目に遭えばナイフ持つ気になるかなって思ったんだわ…」
駄目だったけども。その後会話を経てどうにも復讐のためとはいえ殺人鬼にはなりそうになかったから、執着を外して襲うのをやめた。それくらいの軽い理由だ。別に殺したかったとかは無いが、無論褒められたものではない。
「………一緒に居た天使。………8番の子だ。………見かけたら連れ戻そう。」
連れ戻そう、というのは、見た時は自分がやろう、という方向の物で。
観測範囲外。そして、床を抜けて落ちたという話。
………彼女がどうなったかは、未だ誰もわからない。
「……っ」
そりゃあ、怒りの一つだって覚えます。
猫にとって大切な人を傷つけたことを今、カミングアウトされたものですから。
……だけど、本人がそこまで気にして無さそうで
どことなく、やるせないような気持ちがあったり。
「………あれ、お前だったのか。」
いやまあ、初日の傷はもうほぼどこにも見えなくなっていて。今は、昨日突かれた新しい赤だけが痛むだけで。
特段、気にはしていない。
疲れが滲んでいる意外は普段通りの口調、態度。
実際、元気ではあるのだ。身体は。
なんなら、最初の頃よりも良く動くのかもしれない。
でも、言い様のない、生きていられるという確証のなさが、医者の返事を曖昧にかきまぜていた。
「あ〜あ…」
みんな弱ってるなあ。まあそうか。
「37番〜… ごめんなあ、初日に殴っちまわなければもう少し生きてられたかもしれんのにな…」
申し訳無さそうに口籠って頭を下げる…が、実のところ一切申し訳無いとは思っていない。貴方が死んでしまったらこれへの反応を見ることも出来なくなるから早めに言っておくか、程度の考えだ。
猫も、同じですから。
声をかけようとしても、何も出てこないのは
何を言えばいいのか分からなかったのは。
「猫は死にませんよ。
……多分」
確証はどうしても無いですが。
実際、気遣いが少し感じられるだけでも、医者は、………綾川は嬉しかった。
元居た環境では、気遣いなんて文字はないような物で。
そんなだから、気持ちだけでも、十分に感じられて。
逆に、気を遣わせてしまうのが申し訳ないぐらいだった。
「………おはよう。………どうだろうね……」
死にそうな面してる自覚はあったらしい。
「おはよ〜〜ッ… 今日は静かだなあ…?」
普段通りの様子で廊下から入ってきて。ごく微かに甘い香りを引き連れて、いつも居るソファへ腰を沈める。
「何、お前らもう死ぬのお…?」
元気そうな人は視界に見当たらないのかもな。軽く口尖らせて、尾で床を掃いている。
「…綾川さん、猫ちゃん。」
「まゆこさんも……」
本当に疲弊している様に見えて、目を伏せた。
何でこんな人達ばかりが、辛そうにしているんだろう。
「……。」
掛ける言葉が見つからない。
口を回すのは上手くなかった。
医者は、今日もソファから動かない。
いや、今は動けない、と言ったところか。
脚からは力が抜けて、背中は背もたれに張り付いている。
それでも、頭だけは、力が抜けないようで。
話すとき意外は、ずっと何かを考えているような、
そんな遠くを見るような目をしながら、顔は下を向いている。
「………昨晩の騒ぎが少し、堪えていてね………。……休めば、すぐ戻るよ。」
嘘ではない。けれど、内容を話すのは少し憚られるようで。
詳しくは言えない、と言った素振りだった。