『ロビー』
色褪せたようなあまり広くないロビー。
無人の受付カウンターとモニター、いくらかのソファがある。
開いた大扉の向こうは、中庭が見える。
『記録[
「…………」
綾川は、貴方のことを、黙って、抱きしめて。
私も、もう、打ちひしがれるのを見たくは、ないさ…。
……顔が、見えないようにしたところで。落ちる涙で、バレバレだろうが。
……………何も、言わなかった。
「また……」
「また追うのかっ?!」
「ありやしない希望なんか追って……!」
「…………もう、嫌なんだ」
「あの子が、打ちひしがれる姿は……見たくない…………」
「もう」
「もういいんだ……僕らは十分にやったさ」
「そうだろ……?」
疲れ果てた目で、淀んだ視線であなたの臓腑を射抜く。
「…………」
疲れた。そう、だろう。
当然だろう。
彼女は、沢山、沢山足掻いて、足掻いて。
でも、目の前に突き出されたソレは、どうしようもない、絶望で。
もう、どうしようもなく、絶望なのだ。
その辛さは、ひしひしと、伝わってくる。
「…赤猫さんが…。今、必死になっている、んだ。それは…否定しないで、やって、欲しい。」
私のことはいいから。…それだけ、口をついて、出た。
「…………ありがとう。」
声をかけられたのが、自分達だと分かったら、一瞬、顔をあげて。
貴方は、優しい。人のことを考えてくれる、それで"しない"選択をできる貴方は、強い。から、
同じように、平穏が、救いがあれば良いのにと、密かに、願った。
「……私は、何処までも無力だな。」
「精々、無為に生きて、必死に足掻くしか出来ない。」
綾川と、その隣の彼女に少し視線を送って、
「……君達に、平穏を。…正しき、救いを。」
ただ、願った。
「……」「ふぅん」
救い、ね。それを信じる人もまた観測すべきことだな。
救われたいわけでも無ければ、救いが欲しいわけでもない。ただ見ている。
「………そう、……。」
何をしようとしていたか。
あながち、想像はついたのかもしれない。
けれど、医者は、それ以上は追求せずに、視線を床へと戻して。
ただ、隣で沈んでいる彼女を、肩を、背中を、抱くだけ。
「……。……そう、か。」
「…。」
真っ直ぐとした視線に、目を逸らす。
何か後ろめたい事があるような、これからするなにかを隠すように。
「……君には、似合わない。」「これは、救いという名の押し付けだ。」
どこか無力そうに、その期待には応えられないというように呟く。何故問うたのか、それを知るのは彼、ないし彼女の心の底のみ。
「………私は、…救いがあるなら、手を伸ばすよ。…それが例え穴の底でも。」
ハッキリとした声で、答えた。
何か、手立てがあるのか?と言う風な、そんな眼差しで貴方を真っ直ぐと、見た。
カッ、カッ。軽く小さな足音を鳴らして。
何処に出向いていた少年は戻ってくるだろう。
迷うことなくカウンターに一直線。それ越しに見ている。
しっぽで、その濡れる頬を優しく撫ぜたあと
床から立ち上がって
「……猫は、やっぱり諦めれません」
「猫は、この人たちをこんな所で終えさせたくありません」
「……このまま、死を待つなんて。
できません」
それだけ言って、また『落下』への手掛かりを掴むため
ロビーから離れていくのでしょう。
※PL離脱…………ッ
どうするのが、正解だったのだろうか。
どうしてあげるのが、よかったのだろうか。
今は、それすら曖昧に涙で滲んで。
彼女にとっては、あのままが幸せだったのかもしれない。
私のせいで、現実を見てしまった。私の、無駄な願いのせいで。
…どうして、あげるべき、だったのか、わからず。
ただ、手は、止めない。…涙も、溢さないで、ただ、静かに、手を動かしているのだった。
PL離脱…ッ
しばらく泣いて。
少しおさまって、また溢れて。
そうしてソファの上で、身を縮こませながら。
嗚咽だけで部屋が湿る。
哀しみだけが部屋を占める。
「おかあさん。」
もう二度と見る事ができない何かにつぶやいて。
昨日のままだったら、きっと幸せだったろうか。
今は静かにソファに沈むのみ。
その雨は晴れるのでしょうか
自らで傘を拾うことはできるのでしょうか
雨に濡れて遊んだとて、その後は?
「……雨は、嫌いです」
猫は猫ですから。
そう言いますとも。今一度、忌々しい雨へ向かって
この思いは今度は、自分だけじゃありません。
ただ、医者は…いいえ、…綾川は、撫で続けていました。
自分達の見る先に、もう道がないことも分かりきっていて。
それでも尚、諦めたくない心があって。
救いきれない心もあって。
どうにもならない苦しみと悲しみを抱えて。
ただ、黙って、撫で、続けて、います。
雨が降っている。
晴れることはない雨が。
誰かに傘をさしてあげる事も。
誰かの傘に入ってみる事も。
きっと全てに疲れ果てて。
いっそ雨に濡れながら遊ぶのも、悪くないんじゃないかなって。
そう、思った。
雨が降っている。
雨が降っている
雨が降っているんだ。
……さむいよ。
涙は人を人であるが故の物。
猫だって泣きますが、人の綺麗さとは違うものです。
耳がその慟哭を拾って、密かに頭の中で噛み砕いて
ゆっくり、飲み込んで行った。
貴方の弱さを、優しさを、美しさを、苦労を。
沢山、沢山泣けばいい。そう、思う。
「……良いんだよ。……本当に、綿積さんは、よく、頑張ったから…。」
医者の、手が、貴女の背中を、優しく撫でる。
ただ、そうしていた。
「あやっ」
「綾川……さん。ごめん……ごめんね…………」
背中に手を置かれれば、肩の震えがほんの、ほんとうに僅かにだけ、慰めにもならない程度に弱くなり。
「ぅあ」
「ああ、あ」
そこから先の、顔から溢れる濁流は。
壊れかけていた時の分も含めた、全ての悲しみを曝け出していたのでしょう。
「……お気になさらず、どうぞ」
猫のしっぽは多分、ゆらりと揺れていました。
心配しないでいいよ。なんて伝えたいのかもしれませんが
今はどうぞ、泣いて、泣いてください。
拒まれなければ、隣まで行って、背中に手を置こうとするのだろう。
「……いいよ。」
そう、声をかけて。
酷く、寂しそうな、悲しそうな顔を、隣でしているのかもしれない。
「……ごめん。すこし、だけ」
「泣いて、いい かな」
既に雫は溢れている。
そういう少女なのだ。
全力で痛みにもんどり打って転がっていた少女なのだ。
綿積雫という人間は、どうしようもなく不器用なのだ。
綿積雫の心の器は、既に絶望の泥水で満たされている。
既に雫は溢れている。