『ロビー』
色褪せたようなあまり広くないロビー。
無人の受付カウンターとモニター、いくらかのソファがある。
開いた大扉の向こうは、中庭が見える。
『記録[
「……おかえり、なさい」「帰って来れて良かったです」
呟くように。泣く人の声を邪魔しないように。
「蘇生薬の値段は……変わってなさそうです。まだ」
鷹宮 龍一は綿積雫に食料品をおくった
「うぁ……あぁああぁぁ……」
命綱を、文字通りの命を削った。
怖い。怖くって仕方がない。
ぐちゃぐちゃの感情を吐き出して。言葉にならない声を嘔吐する。
「ひっく……あー……グズっ…………あぁー…………」
一番出しやすい音を喉から出して、嗚咽まみれの肺の中を制御する。
焼けそうなほど、胸の中が熱い。
「お〜元気…」
爆音で叫ばれりゃ起きはする。がまだ眠いのは確かだし…顔面をグシグシ擦って…?
「あ? 死んでたやつ起こした? へえ〜…で蘇生薬のお値段どうなりましたあ…?」
気になるけど己で確認するのはだるいかも。有志に役割を譲るか。
「……ほ、本当に………生き返ったのですか………?」
はく、はくと息が荒くなる。
閉じた目の先は、蘇生された人に向いている。
「あぁ……あぁ……………」
「誰にやられたのですか?」
声が低く、なった。
>>11146
「貴方が。」
「ありがとうございます、本当に……ありがとうございます、ボクは死にたくなかったから、本当に……」
膝を着き、頭を深く下げる
「死亡が生存に」
モニターを見ていたので変化に気付く。大声の内容と主からして、購入者は……
「綿積様が、鷹宮様にでございますか」
なにかをぶつける異音も聞こえるな。
「しずく…っ、さん……」
ようやく、猫から声が出ましたが
……それはあまりにもか細く、弱いものでした。
心配そうに耳やしっぽがへこたれ
……泣いている
それを認識するがまま。
「……そうやって行動できるだけで君は立派だよ。」
醜態を晒そうが、行動をしたことに間違いはない、と言うふうに言いたげだ。
「普通なら、そこで逃げ去るか、何もできないかの2択が多いからね。まあ、君は他にも色々"助け合い"をしていたのも事実だよ。」
ただ淡々と、告げる。告げて。
「そりゃあ死にたくないだろうよ。なんで奪い合いがあるって、皆そう言うことなんだろうよ。」
「何事もタイミングだ。できることができるタイミングであればできるが、できないタイミングで回ってきたらできるもんじゃない。…それに助け合いと言うのは、何も物資だけの話ではないんだぞ。」
声に、抑揚に、変化はない。感情も乗らず、いつもと同じ、深く暗い声が響くだけで。
「あぁ、くそっ。くそったれめ……!」
「助けたぞチクショウ……!」
泣きじゃくりながら、叫ぶ。
僕は善人じゃない。本当に善人なら、きっとこんな醜態はさらさないだろうから。
後悔なんてしていないわけがない。暴れ出したくってしょうがない。
何が正しさだ。くそったれ。
きっと、酷い顔してる。
ぼお、と周りの音を聞きながらに呆けていたが。
ガンガンと打ち鳴らす音で顔を上げる。
「……」
どこかに行く人、一部が青く光ったモニター。
カウンターに頭を打つ人。それらを、ただ見ていた。
綿積雫は鷹宮 龍一に蘇生薬をおくった
「……ぇ、……あ……」
猫は多分、正気から片足でも踏み外している人間を見たことがなかったのでしょう。
『がん』という音が聞こえる度、耳が動いてしまっていて。
……止めるほどの言葉を選べませんでしたから
ただ、眺めるだけになってしまっています。
「そっか……そうだよね。それがきっと、綾川さんの、大人の意見なんだと思うよ」
「でも、さ……やっぱり」
「や、やっぱり…………しにっ死にたくないのはっ」
「皆そっそうなんだよ……!」
「だ、だから、さ。助け合いを……謳っておいて。ぼ、僕だけ何もしないって……」
「……それは、多分。違うんだと」
「まちがっ……てるとぉ……お、思うんだよ」
情けなく、しゃっくりをあげながら。
掴んだ物資を持って立ち
「…………」
がん、がん、
「だーれもぼくを見ない。こんなにも頭打ってるのに」
がん、がん、
受付カウンターに頭を打っている。
「さて、……思ったよりも長くなってしまったね。適当に聞き流しておいてくれて良いから…。」
ロングロングロングになってしまった。懺悔。
そうして女は相変わらず、ソファでくつろぎ始めるのだろう。
個室からロビーに戻ってきた。さて、先ほどの混乱と治療とモニター確認で人が入り混じった時間は一通り終わったのかな。
見た限り落ち着いていそうだったのでモニターをただ見ている。──プールに行くか、食堂に行くかだな。
「…私は、自分のことを愛せない。だから…こうなっているんだ。成れの果てってやつ。
正直、君みたいな人にはこうはなってほしくないけれどね。私は。」
彼女の板挟みの苦しみは計り知れない。何せ、自分には経験のしようがないから。
極限の状況下で何を言っているか、なんて言われるかもしれないが…自分を前に出せると言うのはその分、気力もたくましいと言うこと。そんな人が命を散らすのは勿体無いし。
「…正直、今すぐでなくとも良いと思うけれどね。もう少し、安定した頃に生き返らせてやるのもまた方法だろ
「…正直なところ、だ。普通に生きてきたなら君のようになるのも当然だろう。その中でも人を助けたい気持ちと板挟みでいるだけ、良いとも言える。
……何せ、自分のことなんか後ろに置いておける人なんて、そう多くない。ただ、これは悪いことでなくて。…自分のこともちゃんと愛せている証拠だろう。」
妙に重たい言葉だと思うかもしれない。軽い言葉と思うかもしれない。だが、まだこの女の話は終わっていない。
人のことはやはり『人』に任せた方が良いのでしょう。
猫は半端者ですから
どちらの気持ちも理解がしずらく。
……それに、誰かに寄り添う時の言葉を
ロクに知りませんでしたから。
ただ、少し離れたところで見ているしかできませんでした。