『プール』
白いタイルと規則正しい大き目の窓で構成されている。
窓は割れ、崩れた天井からプールに雨が降り注いでいる。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
水しか出ないシャワー室も一応ある。
『記録[
「まァ理想じゃなかったら…………諦める」
「別に今のお前も嫌いじゃないし」
ソバカスも大人になったら魅力になんだって。
だからそのままそっくり出てきたっていいわな。
次会うときは大人になるまで生きるんだから。
「朝から話し込んじまったな……」
こんなプールですみませんほんとに。
「今日は何人くらい顔見れるかねェ」
「あと、すみません」
「寝てる人もいるのに騒がしくして」
シャワーに行って布団潜ってくれた気遣いも見た。
だんだん気まずくなってきたぞ。
「今から楽しそうにしてたら」
「ちょっとは持ち越せそうかな」
吐き出すものを吐きだせばすっきりする。
だから諦めて、受け流し続けるものではないな。
辛いものは辛くて。
けれど、それより楽しみなものを、きちんと積み立てる。
その差し引きで。人は生きていたくなるものだろうから。
「あんまり良い感じじゃなくても、
後から整形したりとかはしませんからね」
コンプレックスとはいえどもそばかすもあったらいいな。
特徴が残れば残る程、分かりやすいというもの。
「……はあ、……疲れた」
「慣れないことはするものじゃないですね」
湿った頬を拭わせて、
あとは段々と、いつも通りへ。
「ほれ、ちゃんと拭けって」
「そんな汚い顔してたら後で揶揄されんぞォ〜」
ペンだこだらけの手、君の頬拭いて。
ほら、沢山泣いたらあとは笑うんだよ。
涙の後には虹が……って言うだろォ
「終わりまで楽しく、な。」
次会うための助走だって思えば。
そんな辛くないだろう?
「そんな思いをさせるために、一緒に居たんだよ」
だからまぁ、やっぱり100点満点だ。
お前にそんな顔させられたなら。
そんなこと言わせられたなら。
やっぱり、ここに来てよかったって思うんだよな。
「おう、約束」
「首洗って待ってろよォ〜。あと出来れば理想の女にもなっといてくれ」
けたけた笑って、軽口叩いて。
こんだけ触れて、見て、通わせたんだから。
道に迷うことなんて絶対ないわな。遅れないようには気をつけないと。
これ以上ジジイんなったら余計にからかわれるだろから
「絶対ですよ」
「約束」
口約束には意味がないなんて。
願うことに意味があるなら、きっとそんなことはない。
「あなたを地獄に貶めてでも」
「会えますよ、きっと」
自分の為に死を選べる相手に。
何だって躊躇うことはない。
もう二度と、悔いを残さないようにしたいから。
「奇遇ですね」
「私も」
「あのまま生きるくらいだったら」
「こうして死ぬことを、選んでやります」
もし、繰り返すなら、ずっと。
終わらなければ得られないというものだったら。
何度も泣いて。何度でも、この命を捨ててやれる。
それは擲つためじゃない。
会いたいからだ。皆に──ただ、あなたに。
「……」
少しだけ、落ち着いて。
流しっぱなしの涙を袖口で拭い、
ぼんやりと。けれど決して無思慮ではなく、顔を上げる。
「……本当に、酷い」
「私にこんな思いをさせるなんて」
軽口を言う余裕も、ほんの少しだけ、湧く。
でも、そうだな。同じ。同じだ。
「出会ってくれて、ありがとな」
───涙、一筋頬垂れて。
結局答えなんてのは、それになるんだよな。
どっちかしか選べないなら、何度だって。
お前に会いに行くこと、選ぶんだから。
だから。
「また会おうな、絶対。絶対な。」
次もまた、きっと会える。
こんなにどデカい悔いを残したんだから。
「…本当に」
「ここに来れてよかった、なんていえやしねェけど」
「それでも」「ここのヤツらと出会えないまま生きるより」
「きっと俺、出会えてよかった」
「幸せだったんだ、この数日は」
慕ってくれた奴もいる。
生意気につっかかってくるやつもいる。
見守ってたい奴もいる。
幸せだった。そうだよ、本当にそうなんだ。
「もし、今過去に戻ってどっちがいいですかって聞かれても」
「俺は多分、お前たちと出会って死ぬ方、選ぶよ」
「だから、なァ」
「……そう、だよなァ」
「…もっと」
「……もっと、ずっと」
一緒にいたかった。
ここに居たヤツらと、もっと。
だってここにいたヤツらは、少なくとも会ったヤツらは皆。
小生意気で、我儘で。ガキで、敬いとかなくて。
だけれど、悪いやつはいなかった。
だけれど、嫌いなやつはいなかった。
「……終わりたく、ないよ、なぁ……」
あぁ、声が細くなっちまう。
お前がそんなになっちまうから。
苦しくなる、胸の、奥が。
「……これだけのものをもらって……」
「どうして……終わらなくちゃ、いけないの……」
まだ、これから先、
沢山してもらえそうなことが、あるじゃないか。
返したいことだって、こんなに、持ちきれないほどあるのに。
顔をあげてもまだ涙はやまない。
ああ、本当に、本当に──幸せなんだなあ、今。
何で死なせなくてはいけないの。
何で苦しまなくてはいけないの。
諦めただけで。忘れたふりをしただけで。
確かに心の澱みとして溜まっていたものたちが、
ひっくりかえって、次々と溢れていく。
そうまでして必死に生きて。
その先にようやく──
「っ、ふ、っう……!」
本当は。死んでほしくなかった。
居なくなって、ほしくなかった。
誰にも、今まで会ってきた、誰にも!
「う、ぁ、ああ、っ……!」
居場所が欲しかった。ここに居ていいんだよって、
そんな暖かい場所に、いたかったんだ。
自分のせいじゃないってわかってるのに。
自分がいるからなんて思ってしまって。
もう、手放すこともできない。
「……俺も」
「同じ気持ちだよ」
「……ずっと、同じ気持ちだ。」
生きててよかった。
生きていたかった。
そうやって思いながら死ねるこれは、きっと100点満点で。
だというのに、苦しくて悲しくて、どうにも笑えはしないわな。
「いっぱい泣いたらいいよ」
「辛い時も、悲しい時も、嬉しい時も」
「泣いていいんだよ」
全部受け止めるから。
もうどこにも攫わせないよ。
な。いっぱい泣こう。悔いなく。
「とんだお転婆レディだったけどな」
なんて、くつくつ笑う。
大人しい顔して、全然言うこと聞きやしない。
でもきっと、だからこそ気になった。
見てたいなって、見てやらなきゃって、思った。
零れた涙、隠すよに。
ちょっと腕回して、優しく包んで。
そんで、背中を撫でよう。
「……っ」
自然と。涙が零れる。
本当は。ほんとは、もう、こわくてたまらない。
終わってほしくないって気持ちの蓋が空いてしまう。
考えたくないのに。
いつかまた、で。終わらせたいのに。
「……やだ、な」
「……私、……」
「もっと、生きたかった」
「……生きててよかった」
「……」
「そうですよ。あなたのおかげ」
「あなたが、私を通して生きたいと望んだから。
私に生きてほしいと、望んでくれたからです」
それがなかったら。
こんな時になっても何も感じることなく。
終わりに、諦めをつけていた。同じように。
「……見ててくれて、ありがとう」
「そうです。私、一人前の……レディなんですから」
「…それならよかった」
「俺って、お前のために今日まで生きてたのかも」
「しみったれても生きること諦めないでよかった」
大袈裟かな。大袈裟だろな。
でもね、俺ももう、ここに来るまで何度も死にたくなってたから。
きっと今やっと、自分の人生に向かって。
『これが正解だったよ』って、丸をつけられるんだろな。
「……うん、お前もよく頑張ったな」
「ずっと見てたよ。ちゃんと」
「ほんとに、最初と見違えるくらいいい顔んなったなァ」
もう、ただ望まれるだけではない。
「私も、頑張りましたよ」
「時間が止まればいいのにって思うぐらい」
「流石に、今止まられたら困りますけどね」
「……」
「ああ、楽しかったで終われないぐらい」
「楽しかったです。ここであったこと。生きたこと」
改めて問われて。
精一杯。誰かのために頑張ったと言われて。
生きる度に、諦めていた気持ちが解けていたことに気づく。
「看取り人になるのもまァ、悪かないね」
最期になってな、雨音聞いて。
そんで、緩やかに終わる。それがいいかもな、俺も。
「……ん、いいよ」
「俺もお前のことちゃんと覚えとかないとだからな」
差し出された手を取って。
いつか迎えに行く時に、決して間違えたりしないよう。
きっとまた、会えるよう。
「……楽しく生きられたか?」
「俺なりに精一杯、頑張ってみたんだけど」
「…やっぱ寝れない」
シャワーを浴びることにした。
足りないシャワーヘッドを見て、もうここにはいない彼のことを思い出すんだろうな。
「……手を、」
「握っててもらえませんか」
そっと手を差し出す。
「離れることがないように」
「離れても。その手を覚えていられるように」
それが、今、最後になってもいいからしたいこと。
「ふふっ、このままでは、
本当に最後まで残っちゃうかもしれませんね」
何だって構わない。
心残りは全て、もっと先に預けるのだし。