『廊下』
薄暗く、色褪せた廊下。一切の破損はない。
絨毯は水にぬれ、だいなし。
中庭に面した壁は割れない窓になっている。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
『記録[
そんな声出さんでも。と言いかけて、状況が状況だし仕方ないかと思い直す。
お連れさん怪我してるみたいだし。
気を付けて〜と連れ立ってく姿を見送っただろう。
「新しいタオルも欲しいものね。
ちょっと歩くのゆっくりになっちゃうけど。連れていってちょうだい」
頷いて、そのままあなたに案内されてゆく。
大丈夫よと言いたげに微笑んで。
「ヒャウッッ」
片手をあげて降参のポーズをしている。
もう片手では支える子がいるから片手だけだった。
害意ないです!!(必死)
「ひざし様にタオル汚してごめんなさいをするのとぉ……医療品とぉ……」
「…先に医療品れすねえ」
寄りかかられれば支えるようにして。
滲んだ紅に眉を下げながら。
「箱に資材を…入れて交換するなら」
「食堂へぇ、いきましょうかぁ」
提案を。
周囲の動向が気になるのは自分も同じ。
どこぞの誰かと目が合えば、挨拶代わりに手くらいは振るんだろう。
とくに害意はありませんよアピール。
「ええ、アン。そう思っていたところよ。
どこでも構わないから、案内して欲しいわ」
側の天使に寄りかかって、ふらふらと歩む。
その右手にタオルを撒いて、僅かに紅が滲んでる。
そろ〜〜っと。
個室から這い出てきた。そばには白い子も一緒。
「廊下……ではなく別のところに行ってみたいれすねえ」
今日は人も少なそうに見えるし。
毎日は無理だろし。……と。
思いながら、周囲にも目を配る。
さすが廊下、人の出入りもそこそこ増えてきたな。
まァ~時間的にはそろそろ夜っぽいし、安住の地を探す奴らもいるころか。
「……じゃ、やっぱ残念だ。」
傘さしてたって出来るこたたくさんある。
でも、傘から出られなくて何かを諦める羽目になることもきっとそのうちある。
人生の選択肢は多いほうが良い。それが狭まってることに対しての、セリフ。
余計なお世話だろうな。おじさんって人に余計なお世話言いがちだから。
「狙わねェよ。まともな教育受けてたら人の物壊したりしないの」
「でもまぁ、壊すやつはいるかもね。なんか考えてたほうがいいぞォ、修理道具とかお店で探すとか」
警戒を怠らないのが一番だけどな。毎
「考えたこと、ないわけじゃないけど」
「出られないよ、きっと」
確証はないが、確信はあった。
悲観も、諦観もしていない目で語る。多分もう、そういうものなのだ、それは。
そういうことになってしまったのだ
「そっちの方が困るなぁって、思ってたところ」
「あ、だからって狙わないでね?」
素直に答えてから釘刺した。手遅れかも。
誰かを傷つけるのと比べれば、傘ぐらいは抵抗のない人も多そう。
「どうしたもんかねぇ…」
緩慢な足取りで廊下を歩く。
実物を見ずとも話というのは聞こえてくるもので。
抑揚のない声で小さく独り言。
人が見えれば足を止めて、壁に凭れて窓の外に視線を向けた。
「ふーん……息するようにってやつかァ~」
「試したこと無いなら案外普通に出れるのかもね。
まぁ別にそれが普段通りの姿なら、わざわざ崩すこともないかァ~」
試しに傘と外の境界線、手ですいっとしてみようかな。
きっと何もありゃしないんだろう。普通の傘と、普通の傘差す人。そうにしか見えない。
「傘が壊れないといいなァ。最近物騒だからさ」
体の一部が壊れたら嫌だろな
「そんなのじゃないよ。試してみたことがないだけ」
「傘を持たない生活を知ってると、窮屈に感じるのかもしれないけど」
「体の一部、みたいなものだし。今更かな」
気に入ってるとか不便じゃないとか、そういう問題でもなかった。
慣れれば、なんてものじゃない。少女はずっと、こうして暮らしてきた。
ほんとに壁があるのかも、曖昧。他人が触っても、そんなものはないだろうけど。
そうやって生きてきて、そういう動作が染み付いて。それが当たり前だってだけ。
慣れりゃきにならないもんかね。住めば都か、傘の下も。
随分狭苦しい都だと思っちまうね、どうしても。
「わかんねンだ。それとも乙女の……乙女?の秘密ってやつ?」
「ま~……それが気に入ってて不便じゃないってんならいいけどォ~」
「おちおち寝れなさそうで大変そうだなァ」
出たら死ぬってんならね。出れないよう壁があんならまだいいけれど。
寝返り一つ打ったら死亡、なんて、ろくに夢も見れなさそう。
せっかく真っ暗で寝付きのよさそうな夜空なのにな。もったいない。
その子がどうかは知らないけれど。
少女はいつだって傘を差しているから、歩きにくいと思ったことはないかもな。他の動作も然り。
「さあ、どうだろうね」
「死んじゃうかも。それか消えちゃうのかもしれないし」
「とにかく、ここから出られないの」
「その表現も、間違ってはないのかもね」
そう言って、片手で傘の骨組みを撫でる。
これが少女にとっての天井で。露先から真っ直ぐ床に引かれた見えない壁であり、見上げたって星も見えない空だった。
・・・。
(……ロビーの……死亡って、あれ、本当の事なんだよな…… 資源を奪うだけじゃあなくて……いや、全然笑えんぜ……)
(つーか……DREAMにとっては、オレ達がどれだけ傷つこうが関係ねえってことだよな)
(バイタルサインの計測してるんなら、モニタに表示するよりももっと他にすることあんだろ……)
(……)
(……死んだらしいヒトの顔を見たわけじゃねえ、話だってしたわけじゃあない……それでもなんかツライもんだな……)
(明日は我が身だからなのかね……)
「喫煙所~………どこだっけ………」
独り言をいいながら歩いてくる女。すぐに目的の部屋を見つけたのか、ノックしてそのまま入っていく。
「もう一人いるんだ……さしてんの……」
開いたらその分歩きづらくて邪魔だろうにな。
傘から出ないガキを見下ろす。
「なに?閉じたら死んだりすんのかァ~?」
「鳥籠みたいだね。いや、無菌室?」
「非売品でした。残念」
くすくす笑って立ち上がる。
どんな動作をしたって、服の裾さえ傘の外には出ないのだ。
「持ってる人だけなら多いよね。私の他に差してる人は、一人知ってるぐらいかな」
白い女の子を思い出しながら。そういえば、名前も知らないな。
「私は、濡れないために差してるわけじゃないから」
「閉じるわけにもいかないだけ」
雨を見てるやつも居て、傘の露店もある。
外に出れたら商売繁盛だったろうな。
「……んァ、人が居たのかァ。見えんかった」
「傘持ってるやつ、多いなァ~。でも差してるやつは始めてみたカモ」
「ここじゃ濡れたりしねぇだろォ~」
何から守るために差してんだかな
傘売りの露店、自分のことかな。
ぼんやり雨音を聞いていた中でも、“傘”と呼ばれれば反応は早かった。
くるっ。ちょっとだけ傘を回してみたり。
足音は鳴らない。雨音ばかり聞こえる。
足を止めて、窓の先を眺めた。
「……止むんだよな、本当に……」
[快晴]は六日後。本当に?
どこそこから戻ってきて、廊下を歩く。
廊下はどこにでも繋がってるもんで、それが静かってことはまぁ、
そんなに移動してるやつが少ないのかもなァ。
「………」
「……傘売りの露店がある……」
こんな人気のない場所で……
ここが静かだということは、きっと代わりにどこかが賑やかなんだろう。多分、血生臭い場所があったりするのかもな。
そんなことは知り得ないし。別に見に行こうだなんて気も起きなかった。
壁際に寄ってしゃがみ込んだ。
傘からどこもはみ出さないように。
ちょっと廊下を通るだけなら、傘が開いたまま置いてあるみたいに見えるのかもしれない。そうじゃないかもしれない。
『空間内に不具合を確認しました』
『なんてこった!』
『これを原因とし、資源供給システムに追加の不具合を確認しました』
『資源供給システムに二件の不具合を感知。担当者は速やかに確認してください』
『資源倉庫への追加資源を配置しました』