『廊下』
薄暗く、色褪せた廊下。一切の破損はない。
絨毯は水にぬれ、だいなし。
中庭に面した壁は割れない窓になっている。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
『記録[
四子ちゃん、と確かめるようにもう一度呼んだ。
「四子って、音の響きが可愛いね」
「四季、好きなの?」
問いかけは、あだ名を付けたのであろう人物に向けて。
純粋な疑問と、ちょっぴりつついてみたくなったのが半々。
「他の人の服を着るのも、ちょっと嫌だよね」
閉鎖空間での襲撃がどう、とか話していたところから、いつか死人が出た場合の話まで飛んだ。
思考の過程を説明しなかったせいで、ちょっと突拍子もなかったかも。
真っ黒、というにはちょっと青い。
やや、黒。
「そう、四だから……連想ゲームで……」
名前をもじったようなあだ名を、口にすることがあまりないので……そのようになった。
泣き虫天使だ。後ろ姿に一瞬視線が取られた。
べそかいてない時もあるんだあ。
「四だから四季、なんじゃないんですか。玲衣くんの趣味っすよ」
真っ黒1
「ヨンコなのだけど、あだ名もいいよと言ったので」
甘んじて、四季と呼ばれることも受け入れてるわけである。
「布を集めるのにも限界があるし、
そもそも布を独占するのもお行儀が悪い」
「なかなか、護身ってものは難儀ですね……」
「四子ちゃん。それとも四季ちゃん?」
はて、彼女にも名前がたくさんあるのだろうか。
緩く首を傾げた。
そして確かに少女も黒かった。
「ね。真っ黒」なんて、どこか他人事のように。
「夜空さんも…こんにちは」
ぺこり。ちゃんと覚えている、付けた名前。
「ずっと探してるんだけどね……せめて重ね着で軽減できるようになればいいねって、話してたんだけど」
「着替えがないから、机上の空論……願望でしかなくって…」
傘も、牽制くらいにはなるかもしれないな。
レインコートじゃ頼りなさすぎる。
廊下を通って歩いていく。
誰かと一緒だったかもしれない。一人だったかもしれない。
行き先は見てない場所。2箇所。
バンケットへとりあえずは向かった。
「どうも」
「ある程度ありものが分かってくると、
次はやっぱり身を護る話になりますよね」
「私も、今ある傘じゃどうにも頼りなくて」
少なくとも武器にはまったくならない、小さくて可愛い傘だ。
「……あ、」「あなたも結構黒いですよ」
増えた子の姿を見て、すこしゆるりと笑う。
「あ、真っ黒コンビ」
二人で居る場面しか見ていないから、少女の中ではすっかりその印象。
相も変わらず傘を差したまま、結局ここへ戻ってきた。
「お風呂に入りたがってたのに、自分から埃臭くなってどうするの」
くすり。聞こえてきた話の端っこを齧るように。
傘をお守り代わりにしている子の姿も見えて、ご機嫌そうにちょっとだけ傘を回した。
そんな……いざというとき見捨てないでね…
願いむなしく……恐らくは、無慈悲に見捨てられることでしょう。
「最悪そうするしかないかな……人の通り掛けで衛生面はもう…かなりヤバそう」
「……息潜めて、なんて。……ホントに怪物との追いかけっこしてるみたいだ」
どっこも陰気臭い。
外が見えるだけマシとはいえ、窓はあるのに開かないところばっかりで。
通気口とか、換気扇とかあればな。
何なら多分、件のつゆや四子のがどっしり構えていそうまである。
やっぱり乃乃ブランシュレベルだなあ。
慌てて喚かないだけ良いけれど。
あとこっちは気にします。
「それこそ四子ちゃんが言ってたみたいに、どっかしらのカーテンとか……。何ならここの絨毯とか引っぺがしておくのも手かもしれませんね」
「停電が起きたら即部屋に引きこもって……埃臭くても絨毯被ってた方が安全そうな気がしてきました」
せめて窓が開けばもう少し気も晴れたんでしょうけど。
空気がこもってる感じがする
ダサ弱男では、あるかも……
こんな場所だから、特異ではないだろうとも思ってはいるけど。
目の前の君と比較すると、という話ではあるね。主観。
女と男が一緒にいても噂をされそうなものだけど。
多様性の時代だから、これはぜーんぜん気にもしない。
「少なくとも、何かあっても軽減は出来そう……」
「元手がないから、希望論でしかないけど……」
レインコートは…薄いからさ……
はあ、と溜息。
中庭の雨を見ていたら、より憂鬱になってくる。
雲がかかったよう。
ダサ弱男だな……。
とは言っても玲衣の反応はごく普通だ。
この男は別に肝が据わってるって訳じゃ無かったが。
男が男といるとね、つゆちゃんっていう女の子に変な妄想されるみたいなんですよね。
「重ね着か。難しいですね」
充分着てる気もするな。レインコートだけど。
男性だって守られたいよ………
よわよわ男に大したプライドはない。
「心配になってきた……」
「うう…身を守るもの…それこそ、着替えがあれば重ね着できるのに……」
大層なものじゃなくてもいいから、安心が手元に欲しかった。
弱そうです。見て分かります。
頑張ってくださいね〜は正しい。
男が男を守ってどうするんです。
「えー、まあ、なるべく頑張りますって意気込みがありますね」
抵抗を。拳で。
実際どうだかは、暗がりの中でしか分からないな。きっと。
「そりゃ……弱いよ。普通の大学生だし…スポーツも出来ないし」
「誰が守ってくれるわけでもない……し」
ひょろがりでもないけど、筋肉はついていません。
藍くんは……守ってって言ったら嫌だって言われるのが目に見えている……
いいとこ、頑張ってくださいね~と言ってくれるくらい。
「そういう藍くんは、何か起こったとき……自分でどうにかできるの」
ヤンキーもいるしな。
男は堂々デカデカ伸び伸びしているので、小ちゃさとは無縁です。
女の子にクッキー集っただけありますからね。
「ふーん」
何か作れるって話は半信半疑。
だって資源ってのも有限っぽい感じがするし。
じゃ、これをそんなもんにして良いのかって阿呆な話。
「いついかなる時も可能性はゼロになる事はありません。気を引き締めてくださいね」
「自信とか自己肯定感の高さがそうさせるのかな……」
尊大というか……自分が大きく見えるというのは悪いことではないだろうけど。
自分はちっちゃくなってしまう方の人間だから。
「……ご飯なら、食堂の箱で作れるかも…」
「袋に入った資源で、物を作れるって…昨日会った子も、水鉄砲があるみたいな話してたし……」
停電と、それに付随する話を聞けば。
少し、顔に翳り。
「……そういうことは…あってほしく、ないけど」
「身を守るものが、ここには少なすぎるから……」
・・・。
(この資源が食料と水に交換されるんだったか……)
(あー……例えばあの雨がなんかヤバイもんだとして、雨が止むまでオレたちを保護してるんだとして……)
(だとしても、食べ物をこんな仕組みにする意味がねえ。店で好きに交換させりゃいい……)
(もしくは、最初から交換できなくすりゃいい)
(使いすぎに注意って言うわりには……そうだ、中途半端なんだよな……オレみたいな半端モンでもわかることだ)
(……わかりもしねえのに、雨音を聞いてると、色々考えちまうな……)
「じゃあ俺の自我がもう10センチくらい大きいんだと思います」
自分より小さいもの、みんなチビと思いがち。
8センチもなかなかでかいと思いませんか?
「着替え欲しいっすね。飯も欲しいっすけど……」
「あとは停電がどうなるか、がかなり気になります」
「最初、ロビーに血みたいな汚れのついた人がいたんすよね。そういう事もあるかもなって思ってます」
「10センチくらいしか変わんないと思うよ……」
実際のところはもう少し差は小さい。
小さいなんて言われたのは初めてだ。
「おれもついて行かないから安心してね……」
「お湯が出るようになったら最高だけど、こんな場所だからな……ガスが使えたら、希望はあったんだけど」
堂の有様を思う。
余り希望は持てなさそうだ。
「着替えくらいは、資源と引き換えにでも用意してほしいけどね」
「玲衣くん小さいすからね」
ほら、俺なんか縦に長くって……。
1食1合くらい食べたい派なんですよね。
「そうすね。濡れてるとこもあんま見られたくないし」
「あるだけマシなのはそうなんすけど、混合お湯が出る事はあるんすかね?あと着替え」
「ちゃんとご飯食べてる人には厳しい環境かも…おれはあまりお腹空いてないや」
小食。2日くらい食べなくても、パフォーマンスに影響がないタイプだ。
「なるべく風にあたらないところで、大人しくしてるとか……逆に体動かすとか…?」
「でも汗かいたら逆効果だし、布を探した方がいいかもしれないな…」
着替え、タオル……用意出来ればいいんだけど。
「やっぱり寝静まった頃?朝早い時間もいいかもしれないね」