『廊下』
薄暗く、色褪せた廊下。一切の破損はない。
絨毯は水にぬれ、だいなし。
中庭に面した壁は割れない窓になっている。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
『記録[
撫でられ、少しばかり喉が「ごろごろ」と鳴ったところで
「……なんてことなく、いつも通り戻ればどうです?」
「貴方が『人を殺した』という過去を証明できる人はいないんですから。
それに、目の前で殺人を犯してのうのうと生きてるやからがいるんですから」
「……そりゃあ、少しは見る目が変わるかもしれませんけど」
こんな場において、今更なんだと言うのやら。
少なくとも猫はそう思いました。
「…………」
しばらく、泣いて、泣いて。貴方の呟きが、この耳に届いていたかは、不確かではありますが。
…ようやく、落ち着いたようで。
「……皆にどう、顔向けすればいい、か…。」
ロビーへ戻りたさは、あるようですが。
多分、酷い空気にして出てきてしまったから、戻るのが申し訳ないようで。
ありがとうの意味も込めて、貴方の頭を撫で始めるのかも知れません。
「……あなたこそ、良い人ですのに」
ふと、そんなことを零したのかもしれません。
好きに泣いて、感情を吐露して
文句なんてのも言って
貴方が落ち着くまで、猫は傍にいます。
猫の手は貸し出せますから。
「隠すのが、つらくて、………みんな、っ、いい、ひとだから、さ………」
ぽそぽそ、小さい声ですが、聞き取れないほど籠っている訳でもなく。
「………そ、か。…」
貴方がとなりに居て、少しずつ、落ち着いてくるでしょうか。
礼を言われるような筋合いは無いと思っていますが
……むしろ、その言葉を日頃から言わないといけないのは猫のほうでしたから
「……猫は、人を殺したことはありません。
だけど、死体なら沢山見てきましたから」
「人も、猫も、犬も、あらゆる死体を」
今更『殺してきた』なんてことを聞いても
猫には別に変わりないのでした。
「ありが、とう………」
小さな声でしたが、耳の良い貴方なら問題なく聞こえることでしょう。
しっぽや、その声の温かさに、目から溢れる涙は、止めどなく頬を流れていきます。
結局、どれだけ環境に慣れていようとも
人は人で、限界はあるのですから
猫は貴方の隣で、しっぽを其方へ巻き付かせるように動いていました。
「……言わなきゃ、隠し通せたでしょうに。
でも、猫はどんな貴方でも受け入れますよ」
優しく、声はかけられているでしょうか。
いつかの貴方を見た、猿真似ですが。
医者は、声を殺して泣いている。
近くまで来れば、気がつくかも知れない。
気がついたら、逃げちゃった、ごめん。
とだけ言うのかも知れない。
また、また人を傷つけた。
もう傷つけないって決めてたのに。
隠し続けるのが苦しいからって、身勝手に。
あれなら、隠し続けてあげられれば良かったのに。
私には、そんな強さなんて、なかったんだ。
………あの人がああなら………彼女は、受け入れてくれるだろうか。
人なんかよりも小さい、猫の足音。
廊下の絨毯の上ではもっと静かになるでしょうか
貴方が運び終わって、少し経った頃。
「………………」
猫は確かに、貴方の所へやって来ました。
暫くは苦戦していたものの、運び終えれば、適当な位置で座り込んでいるだろう。
………どうしよう。猫さんは、聞けてよかった、って、言ってくれたのに。
私が耐えきれないで逃げてきて。結局。
「………ごめんね、ごめん……ごめん…」
そう言いながら、先に神父の遺体を中に運んで。
そこから、青年の遺体を運ぼうとするだろう。
泣きながら、ふらふと歩いてきて。奥に見えた、二つの死体を目指して、歩く。
霊安室は、あの近く、だったはずだ。この身体でもムチ打てば運べるだろう。
「寒い、寒いわ。アン」
雨の側にいたからか、冷える。
痺れて動けなくなりそうな身体に鞭打ち、彷徨った。
温もりが恋しくて、2人の部屋の前ですすり泣いている。
『資源倉庫への追加資源を配置しました』
寒い。何も聞こえない。
不安が心の内を支配すれば。
止め時や終わり時を探してしまう。
私が行かなきゃいけないのに、
私が選んで、求めたのに。
少し休むだけ、言い訳のように言い聞かせて。
夢の中だけでも再会を祈って、今日は一人、目を閉じた。
閑散とした回廊を再び這う。
自室には入れない。
ドアノブを回すような握力はないから。
それでいて這いまわる体力はあるのだから不思議なものだけど。
この巫女の身体は軽いのだろう。
二人で短くも幸福な時間を過ごしたこの部屋。
もし、間に合わないのならここがいい。
過った念が嫌になって、首を横に振った。
「……そういや誰だったんだろうな、今日襲ってきたヤツ」
「恨みを持たれるようなことしたっけ…………」
無一文であることはモニターを見ればわかるはずだし。
新たに刻まれた傷を撫でながら、少々呑気に考える。
まぁ、今となっては割とどうでもいいことだし。考えたところで仕方ないのだが。
『資源倉庫への追加資源を配置しました』
『資源倉庫への追加資源を配置しました』
『資源倉庫への追加資源を配置しました』