『廊下』
薄暗く、色褪せた廊下。一切の破損はない。
絨毯は水にぬれ、だいなし。
中庭に面した壁は割れない窓になっている。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
『記録[
「まー俺も空腹に耐えかねて頭おかしくなりそうでしたし、しょうがないかもしれませんね」
頭がカラフルなので化け物か?とまだ思ってる。
だってカラフル人の言ってる事、良く分かんなかったんですもん。
「そうすね。その後どうやって身体を温めるかって問題も出てきちゃうんですけど」
「後はやっぱ、人の少ない時間に行きたいっすよね」
「限界の人も出てきてるのかな」
取り乱していた人、心配ではあるな。
カラフルな人…は、まあ。おそらく人間なんだろう。
そういう人、原宿とかで見たことある。
「じゃあ改めて浴びに行かなきゃね…クサクサになる前に」
「冷たいのは……嫌だけど、背に腹は代えられないし……」
もしかしたらSっ気があるのかもしれませんね。
人って見かけに寄らないんだなあ。
「片方は俺達みたいな人間だと思いましたね。もう片方は頭がドカラフルですんげー良く分かんない事言ってました」
「女の子がめちゃくちゃ取り乱してたんですよね」
思い返す、が。関わりたく無さ過ぎて放置してたんであんまり印象に残っちゃいなかった。
「普通に冷たい水ですよ。無いよりマシくらいの」
そりゃ本人には言わないけどね。
感情豊かな方が、人間味があるでしょう。
「変な人……」
「それは、バケモノじゃなくて?人間で……?」
人って言ってるけど、一応ね。
「冷たすぎるシャワーじゃなきゃいいんだけど……部屋があんな感じだし」
否定しないんだ。意外すね。
「シャワーすか。水な事しか確認してないっす」
「それとは別に昨日は何か、変な人がいたんで引っ込んだんすよ」
それは否定しなかったけれども。
つゆさん、ああいう顔もするんだなあと思わなかったとは言わない。
「あ、そうだ…藍くん」
「シャワー、どんな感じだった…?温水出ないって話だったけど」
「おお、不機嫌な方が可愛げありますね」
空になったクッキーの袋ふりふり見送った。
こちらは全く気にしてない。床舐めさせられそうだったしなあ。
「自信……うーん」
これといって取り柄もないからな……
頑張ってみようとも思えないわけで。
「あ、あれ」
「つゆさん、どうしたんだろう」
表情の変化、から。踵を返すまで、ぽかんとした顔をしていた。
何か不快な思いをさせてしまっただろうか……
真艫に取り合わないのとか無礼極まりないね。
上辺だけ適当捏ねて、斜に構えて受け流して、
なあんて、本当に愉快な子。
「……楽しくない」
言葉と一緒に漏らしたのは嘆息だった。
先と打って変わり上機嫌の顔が崩れる。
眉下げて不貞腐れたみたいな表情。
話題の最中とか知ったこっちゃない。
途端に踵返して何処へなり去ってく。
だって、お菓子のお礼もおざなりだったもの。
「つゆちゃんて自信満々ですよねえ……」
別に潤わないんですけどね。お腹はちょっと満たされたか。
でも見つめてても楽しくないよ。
「……それに比べて玲衣くんは自信なさげです。もっと堂々としてたら良いのに。つゆちゃんの半分くらい」
「住んでる世界が違うんでしょうから、賢さは比べようがありませんね」
今どき書道が出来るより、タイピング早い方が良いに決まってますよ。
「そうだったんだ……観察眼が優れてるのかな…」
あんまり地頭が良くない自覚がある。
故に、ちょっと賢げなことを口にしていれば大体年上に感じてしまうのやも。
「香水は、なんとなくわかるんだけど…店にも並んでるから」
「箏とかは、本当に見る機会ないから……書道なんて、小学校以来やってない人も多そう」
書き初めくらいかな。それでも、今ではほとんどいないんじゃないだろうか。
生まれの良さなんて佇まいで直ぐ見て取れるでしょう。
ってより、周りの有象無象と比べられても困る。
石ころとかどんぐりみたいな女ばっかでしょ。
「質の悪い女ばかり見ていちゃいけないよ、目に毒だから」
「あたしみたいなの見てたら良いんだよ、目が潤うから」
因みにだけど、ちゃあんと賢い。
「何とでも言ってください。俺には証明のしようがありませんからね」
真剣味はありません。
てか真剣になる所、ありますか。こんなんで。
さくさくクッキーを頬張る青少年ですよ。
とっくに廃れた様な歌詞ですこと。
好き嫌いってよか、謂わばエチケットなの。
品のない女は嫁の貰い手がありゃしないから。
「19?なぁんだ、もっと歳食ってるかと思ったのに」
「それか、それも嘘?真剣味ってのがないよねえ」
「謙る素振りして侮ってんの、わかるよ」
平たく言えば、態度が悪い。
「俺は玲衣くんが歳上だって分かってたすけどね」
なんとなく。しかしこれで確定した訳だ。
こっちは歳相応です。結構ね。
「女の子って香水瓶集めるの好きじゃないすか?結構流行ってるんだと思いますよ」
「まーつゆちゃんは別でしょうけど」
ちょっと古めかしい感じがしますね。
彼女、頭が良いとは思いませんけど。
「え、年下」
とはいえ、そんな大きく離れてやしないが。
同じくらいかと思っていたけど、言われて見ればやや子供っぽいところもあったか……失礼なことを考えている。
「乙女の嗜み……男のおれには知らない文化ばっかりだ」
「周りでもそう聞かないけど……つゆさんは、いい育ちなんだな…」
言い回しにも学があるというか。
地頭の差も感じるな。いい性格もしていると思うけど。
「何か香水のせいみたいな歌、流行りましたよね……」
嗜みかはさて分かりません。
多分女の子のがそういうの好きなんですよねって感じ。
「俺すか。19ですね」
「別につゆちゃんの事も舐めてないでしょ、まだ」
物理的に舌を這わせてはいませんね。
「そうでしょう、そうでしょう」
うん、うん。頬を緩ませて頷く。
頬ったって片方碌に見えやしないけど。
これって今流行りのファッションなの。
「お前、歳幾つ」
「本当は坊っちゃんじゃないね」
「舐め腐ってるもの。みぃんな」
「いっそ、床で寝ても代わり映えないかもねえ」
寄越された部屋って、窓もないような殺風景でしたから。
おまけに付いた寝台は骨のいってしまいそうなかちこち。
ところで、腰の摩ってんのお爺ちゃんみたいで面白い。くすくす笑いが漏れた。
「書道にお箏、華やぐ様な香水一つ取っても乙女の嗜みでしょう」
「舶来の品と比べたんなら、こんなの殆ど色水だけど」
こんなじゃくさくさは誤魔化し切れない。
メードインレイニィルウムなものでして。
「はい、ちょー美味しいです。美少女のつゆちゃんからもらったので余計美味しいですねー」
薄味は香水の匂いに負けるかもしれませんね。
何はともあれ、味に文句つけてシェフをクビにするようなおぼっちゃまではないんですよ。
薄味が好きなんて尚更お坊ちゃま。
舌が肥えてんだか斜に構えてんだか。
「美味しい?」
渡した洋菓子は捻くれの好むようなぺらついた味。
小麦の甘味に微かな塩味、砂糖とか多分入ってない。
「よく寝たせいで、体が痛いよ……」
一部始終を見ていたわけじゃない、から。
食べ物を恵んでもらっていたのだろうかと。
腰をさすりながら、そんなことを。
「香水?…ちょっと水浴びたくない時に良さそうだなあ」
「昔の外国貴族みたいで…」
オシャレに使うとかは全くなさそう。この男には。
亞麻露は藍に食料品をおくった
どこからあなたの事好きなんて話になったんだろう。
まあ、良い。乙女の可愛い妄想でしょう。
あとお吸い物は好きです。味が薄いのも悪くない。
「天邪鬼な俺も可愛いでしょ。はい、どうも」
渡されたクッキーを早速頬張ります。
さくさく。テイスティー。生き延びちゃいますね。
すんすん。
なにか……良い匂いがして来たような。
ちょっと、負けてらんないな。懐から取り出したる安物香水をワンプッシュ。
「おはよう。こっちは良く寝られたみたいね」
こっちがれいかあって感想も抱いた。
純白のドレスって可憐なばかり。味が薄くってつまらないよ。
発想なんてのは単純明快。愉快であれば愉快である程宜しい。
「……?」
「あたしの事好きなのに?」
「とんだ天邪鬼振りだよね」
悪意は介在してない。別に善意とかでもない。
ありのまま愛らしい姿を振り撒いてやってる。
の、だけど。本当に意地っ張りな男の子。
「あたし、お利口な子だしなあ」
「お父様も良く仰られてたもの」
仕方無い奴。
あんまり意地張って可愛いもんだから、
包みごと余りを全部渡してあげる。