『廊下』
薄暗く、色褪せた廊下。一切の破損はない。
絨毯は水にぬれ、だいなし。
中庭に面した壁は割れない窓になっている。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
『記録[
「………」
おぼつかない子を支えながら、エスコートをしていた。
羽は重いけど足元に力を入れれば大丈夫。
ある程度は安定して歩ける。
「……」
念を飛ばしても何の反応もない。
上からの応答はない。隔離空間だという現実を理解した。
「繭様 行きたいところはありますか?」
「……」
「お お名前はぁ…あってましゅかぁ……?」
すぐべそかく。
とことこと歩いている。
ひらひらとリボンが揺れていた。
曲がり角を曲がり、姿がその先へと失せる。
個室を探しに向かったらしい。
化け物こわ……。
「じゃつゆちゃん後で行きましょう」
名付けバトルで勝負してるんだろうか?
でも別にマジで何でも良い。嵐って何かアイドルっぽいし。
ほんとはゴリラゲイ雨とのが良いかもって思ってるし……。
黒。もらったもう一つの名前を口の中で転がした。
「嵐、似合ってなかった? 残念」
「でも、こっちもいい名前だね」
黒い傘が嬉しそうに回っている。
くるり。くるり。
傘なんて持っても宝の持ち腐れ。
ほら、馬鹿って風邪引かないから無関係でしょうにね。
精々が早々にクサクサになる程度。それか今よかましになるかも。
「後で?」
「いいよぉ」
目当てなんてちっとも知らずに、誘いにはこの様に素直に乗る。
嵐の夜。命名理由になるほど、とした。適当こいてるとはいざ知らず。
「ここに来てから、いつもと違うところがあったりしない? 何か変なんじゃないかって」
「外の雨にも、何かあるかもしれないよ」
そんな単純な理由で片付けてしまっていいのだろうか、と。うーん。小さく唸った。
「ン~~~」
コン、コンと中庭の見える窓をノックする。段々力を強めながら。
コン、コン、ダン、ダンッ、ガンッ ……
「お~割れね~じゃ~ん」
「嵐なんてちっとも似合わないわ」
「あたしなら、……」
顎に掌を添えて考える様な仕草。
びゅうびゅうと吹き荒ぶようなのが似合いの娘には見えないものだから。
とっておきの名前決めたげよう。
「黒にする。女の子らしいでしょ」
「嵐の夜って感じなんで」
適当である。まあそっちもあまつゆちゃんって顔じゃないしな。
「風邪ひくからってだけなんすか。つゆちゃん後で一緒に行きません?」
傘が目当てである。
「あの蓄音機の放送を真に受けているの?」
「あれって風邪引くからって理由じゃない?」
「でもさあ、それならお前達には多分関係ないと思うよ」
ずるじゃなくて物持ちが良いの。
あまつゆちゃんは似合ってるし。
「触れちゃダメな雨なら、傘を濡らすのもちょっと怖いなあ」
悩ましげに傘の柄を撫でて。
「わあ、嵐ちゃん。強そうだね。似合ってる?」
本当になんと呼ばれても構わないらしい。
「肌についたらダメなんじゃないかって思うんすよね。だって屋根や壁は大丈夫じゃないですか」
「て事は服も大丈夫だと思うんすよ。まあ顔に掛けられたらどうかは分かんないすけど……」
言いながら窓の外を見る。
うーん。試すにはリスキーかもしれませんね。
「ちょっと暗いかな。そういえば電気が来てないから照明が無いのか。
……あれ、じゃあロビーのモニターはどうやって動いてるんだろう」
ぶつぶつと独り言を呟きながら廊下にやってくる。
「雨も降っててすごく静か。あの中庭は……行かない方がいいかな」
ちらりと窓の方に視線を向けて、すぐに手持ちの手帳にメモを書き加える。
利発そうな顔付きをして頷いた。
ちゃん呼びのが好ましいらしい。
「名前の全部言えば亞麻露だから、強ち間違いでもないね」
「今に降り頻ってるのとお隣さんなの」
「だけど、あたし、雨って好かないのよね」
番傘の石突で敷かれた絨毯を気紛れに叩く。
甘噛の思惑を外れ、雨傘の次には亞麻露が出没しだす。
何せ人生ってままならないものですからね。