『中庭』
雨の降る中庭。
石造りの噴水と、石のレンガによる舗装がなされた中庭。
緑はなく、殺風景。手前の方だけ庇がある。
空は一段と暗く、雨も降り続け止む気配は無い。
扉があいている
『記録[
「…………本当に、綺麗、だね…。」
貴女が、最期に見せたかった。綺麗に、終わりたかった。その景色を、こんなにしてまで、見せてくれて。
呼ばれ方がどうだって、私は私。貴女は、私にその見せたかった景色を、見せてくれたんだから、これ以上望むものは、ない。
…あぁ、情けないな、私。
最期まで泣いてばっかりだ。
「はい。しっかり見ていますよ」
どう呼ばれようとも、貴方に呼ばれたことに変わりはありませんから。
シャボン玉が、幾つも飛んで
雨の中へ
それを見る度、猫のしっぽが揺れて。
「雨って、綺麗ですね」
雨音に消されるほどの、か細い声が一つ。
雨嫌いの、猫から。
手先が痛むかもわかりませんから、そっと、刺激のないように、シャボン液にストローを付けて。
ふ。と膨らませてみる。
なかなかに苦戦してはいましたが、なんとか上手く行ったようで。小さくいくつかに分かれたシャボン玉が、中庭へ向かって、飛んで。
「…………できた…、!」
自分で飛ばせたシャボン玉は、何だか感慨深いものがあって。
目が、輝いて。
暗い底に沈んでいた瞳の奥に、一瞬、光が映りました。
「……そっか。」
「じゃ、僕と綾川さんと2人でやるからさ、猫ちゃんはそこで見ててね」
おかしいな。
ちゃんといつも通りに呼んだと思ったのに。
最期は、ちゃんと皆を励まして送ろうと思ったのに。
「いくよ……」
ふーっと強く吹けば、たくさんの小さな虹の粒が一面に。
ふ~……とやさしく吹けば、大きな虹の雫がストローの先から。
「ハハ、ハ。本当に……あぁ、本当にキレイだなぁ……」
「ありが、と………、…、…なる、ほど、…それで…」
一瞬、見たことのない状態に戸惑った。けれども、何をしたかは、容易に想像が付いたみたいで。
申し訳なさそうな、心配のような、そんな顔をしていましたが…。
「…………ありがとう。…じゃあ、遠慮なく。」
ストローを受け取って。
無茶をした。でも、それほどまでに、最後にやりたかったことだと言うことを
綾川はすぐに理解できたようでした。
バケツを見て、ストローを見て
一瞬、驚くような顔をするものの
「……、随分……ワイルドなことしますね」
「ちょっとですかこれ」
最後に見る光景のシャボン玉は
どこか、含みがあったけど
「猫はいいです。ここで見ている方が好きなので」
それを使うのが嫌、という訳でもなく。
本心からそう思ったのですから。
「と、いうわけで」
「よかったらお一ついかがかな?」
同じようなストローを2本、右手で二人に差し出した。
ピンクと緑の蛍光色で、先端がギザギザした安いプラスチックの玩具。
どこか懐かしさを覚えるような、そんなつくり。
「それとシャボン液も」
「……ほら」
そうして隠していた左腕を差し出せば。
指先の肌色とプラ容器の水色が、バケツに溶いた絵具のようにまぜこぜになっていた。
「……普通のシャボン玉じゃダメだったんだ」
「ごめんね、ち
そうして、一通り感動し終われば、貴女に目線を戻すでしょう。
…左手の状態が、やはり気になっているようで。大丈夫なのか、と。
「…見せてくれてありがとう。…触れる機会が、なかったもので。この歳になってと言うのもできなくて…ね。」
この世界で見るシャボン玉は、テレビなんかで見るよりももっと、もっと輝いていて、とても美しかった。
「おぉ……!」
「シャボン玉、って言うんですか」
猫はこういうのを見るのが初めてだったようです。
キラキラとした、純粋な目でそのシャボン玉を見ています。
こんな雨の中、綺麗な雨の中で
一際その球体は輝いて見えましたから
「!」
「………へぇ、…綺麗、だね。………初めて見た…。」
何と、綾川はシャボン玉を生で見たことがなかったらしい。
初めて見る、薄く、柔らかで虹色で、透明なそれに、しばらく見惚れていました。
「まあ、見ててよ」
そう言って、隠した左手で何かをした後。
ふー……と優しく息を吹きかければ。
透明な虹色の球が雨の中を、やわらかく優雅に泳ぎ出したのです。
「正解は……シャボン玉でした」
「シャボン玉ってね、実は雨の日の方が割れにくいんだ」
普通の雨ならばきっとそうなのだろう。
しかし、この雨は違う。
ならば、彼女の左手には────。
「……、……うん、綺麗に…そうだね。…?」
「それは…?」
この慣れた雨の音も、今ならとても優しいものに聞こえて。
何だか温かいような、何と言うか。
貴女が取り出したものは一見、綾川には何かわからないようで、小首を傾げています。
中庭、1度来たくらいで
それっきりでしたから
……とはいえ、なんの代わり映えのしない景色。
あの時と違うのは、確かな意志を持った
大切な2人といること。
「綺麗に?」
猫にはそのストローが何を示すのかわかりませんでした。
「さ、到着だ」
全てを平等に、やさしくつつんで溶かす慈悲の雨。
中庭に続く扉にそっと手をかけて。
「最後は、さ。綺麗に終わりたいじゃないか」
そう言って取り出したのは。
安いプラスチック製のストローのようなおもちゃだった。
「…………ッ!!」
「はぁ……はぁ…………」
「すぅ……」
「……よし。これなら」
一通り何かを試し終えたのか、左手をかばうようにして部屋を出る。
中庭の扉の前で何かを試している。
「やっぱり、このままじゃ難しいか」
「…………試して見る価値は、ある。最期なんだもの……」
そうして、何かを持った手を扉の先におそるおそる突き出して。
「む。やはり難しいな……。」
息継ぎ、吹く強さ。どれも難しい。
音符も読めない王様は勘で音を紡いでいく。
「音楽も学ぶべきであったか。」
「……小柄なおまえが全てを背負うのではない。崩壊してしまうだろう。」
目を伏せ、微笑む。
「……名も知らぬ者よ、安らかにお眠りください。」
十字架を切った。
『資源倉庫への追加資源を配置しました』
「…あぁ、ありがとう。何処かの、知らない誰か。」
「最期に見送ってくれるのが、知らない貴方で良かった。」
最期に、知らない優しさを知れたから。
「…罪も、咎も、全部私が背負おう。だから…」
「君たちはどうか、来世を幸せに!」
軽く手を振り、初めて純粋な笑顔を見せる。
そして ──────
「…なんだ、こうしてみると、雨も良いものに思えるな。」
そんな訳ないのに、そんな事を言いながら。雨の先へと進んで行く。
少し楽しげに、水溜まりに触れる。
小さな体は、もう雨に塗れている。
「これくらいで良いものだと……。」
照れくさそうに笑う。
「無茶ではない。王であるから、これくらい余裕だ……。」
そう言ってあなたを見ている。
「お疲れさまだ。」