『ロビー』
色褪せたようなあまり広くないロビー。
無人の受付カウンターとモニター、いくらかのソファがある。
開いた大扉の向こうは、中庭が見える。
『記録[
天使や悪魔がいると聞いて目を丸くした。
聞いた内容からは、目に見える形で存在している、という風に聞こえた。
ここではそのような存在も実体化するのだろうか。
「本当に不思議なところね」
そしてこの女、年齢を口に出してはいないがわかるように口にして公開してしまったことに今さら気がついた。
黙って青くなっている。
いや、まあ、バレてもいいんだけどね?!なんてーかね?!心の準備がね?!
「本物も何も、猫ですから」
おはようと言ってくれた人には、挨拶がわりに小さく「にゃー」と返しました。
「猫はもう語らなくてもわかるでしょう」
というか語れることがありません。
「やあやあ猫さん、やはり耳と尻尾は本物だね」
どこか興味深げな視線を送りつつ。
「僕も自己紹介と行こうか」
「名前はワタツミ シズク、綴りはそこのモニターの下から5番目の所に書いてある」
「生まれも育ちも日本のしがない大学3回生さ。日本というのがどこまで伝わるかは不明だがね」
「ふあ……俺ェ寝てたんか……」
目を閉じて眠る当たり前のこと、
できなくなったのはいつからだったか
思い出して震え、咄嗟に息が詰まる
水が海が内側へ溺れるのは終わらない、
「……何も変わんねえ景色……良かったァ」
そりゃもうめちゃくちゃ難儀です。
たぶん現代日本で生きている人には風貌からわかる通り医者ではあるものの、まあ変な医者………だったんだろうな………
「ぁ、えと、自己紹介………?あの………あたしは………モニターのあの辺にある………綾川 遥希………?なんか…年齢と…モニターの番号が一致してんな………」
新しくみる顔がいたので、つられて自己紹介。
「まぁ、もしかしたら。
あちらさんからしても、俺らみたいな人間がファンタジー的存在に位置するっつ可能性も無きにしも非ずっつーか」
「……あ、いえなんでもないす笑」
「やあやあおはよう諸兄姉」
「いやはや、本当に重たそうな頭だねぇ……」
「というか、君にとっても天使や悪魔はファンタジーの産物なのか」
「確かに僕から見て非現実側にも、また同じように非現実を内包していてもおかしくはない、か」
「自己紹介っすか~?俺は“ほのか”っす。
よく掴みどころが無ぇやつだなとは言われますね笑 あと軽薄なやつだとも笑」
「あぁ~なるほどなるほど……俺は逆なんすよね、一人で考えてたほうが物事を理解しやすい性質で」
「とはいえ、俺一人の浅知恵でどうにかなる問題じゃなさそーなのでお手上げす笑」
「あ、赤猫さんもおきてた………おはよう………ございます………」
赤猫さんとは、こいつが勝手につけたあだ名である。
「ァアいえッす、すいません、話しかけられると思ってなかっただけなので…お気になさらず………何か用事なくても全然………」
「っぱデカいもんあると苦労するんすねえ……」
「どうなんでしょうね、それが悪いか善いかは個々人の裁量に任せる部分ありますし笑」
「っと、驚かせちまったっすかね?サーセン」
声がひっくり返ってる人へ。
「気に病む事はないさ」
「なにより、こうやって会話する事で頭の中の疑念を腹の中に落とせるって寸法さ」
「文字通り“腑に落ちる”ってやつだね」
ハハ、とどこか乾き気味の笑いをひとつ挟む。
現状は何ひとつ腑に落ちないが、少なくとも人と話している間は心が紛れるらしい。
「……まったく腑に落ちないな、この状況は」
「はは。ええ、はい。立派なので、肩が凝ります」
「というか……天使も悪魔もいるんですか? 驚いたな、空想上の存在じゃあないんだ」
「本当に夢みたいなところですね」
「……悪夢寄りですかね?」
「いちからじゅうまで分からん事だらけすけどね笑
あ、おはざーす笑」
起きて来た女性に挨拶しつつ。
「気を揉む性分は……性分なら仕方ないすね……俺に出来る事はあんまりなさそうだ」
申し訳なさそうにしている。多分、この灰髪も似たような性分かもしれない。
「……そう、なのか。」
「いやまあそこの彼も立派な角をお持ちのようだしね」
昨日の今日でコレなのだ、現実感がみるみる薄れていくのを感じる。
流石に動揺を隠しきれないが、冷静になろうと呼吸を整える。
「天使に悪魔ね……天国や地獄なんてのも存外あるのかもしれないな」
「ご忠告痛みいるよ、生憎とこういったものには気を揉む性分なんだけどね」
(あの耳としっぽも本物っぽいよな~……天使とか悪魔とか居るっぽいし今更か♨)
などと思いながら。
「あ~笑 変なものっつーかおもきり角生えてますもんね笑」
「俺枕無くても寝れるタイプなんで、なんか申し訳ない気分すね……」
なんならさっきまで壁によりかかって寝てたし。
「………………猫?」
突然、彼女にとっては非現実的なものが目に入り思考に急ブレーキがかかる。
「コスプレ……というわけでも無さそうだな?」
「色々動いてるし」
「俺枕変わったり枕が無いと眠れないんですよ……」
「頭に要らないものが付いてるもんでね」
やや後ろに伸びているので
仰向けに寝ると痛い思いをする。
まあ、眠れなかった。
「……ふむ、知れば知るほど現状は良くないな」
「ナイフ、ね。これは事だぞ……」
顎に手を添えてブツブツと呟きながらロビーに入る。
人の様子を見やらば、軽く耳が動いたりをして。
警戒のようなものを見せていたり。
ちなみに猫じゃらし等にはものすごく釣られます。猫ですから