『ロビー』
色褪せたようなあまり広くないロビー。
無人の受付カウンターとモニター、いくらかのソファがある。
開いた大扉の向こうは、中庭が見える。
『記録[
「………まあ、こんな極限下だ。思想はそれぞれだろが………余り押し付けないで貰えると私は助かるね。聞かせてくれるのは構わないけれど。」
「信じられないのなら私が口にしたって構わないけど」
「まあそういうことではないことはわかっているよ。私から言えることはそっとしてあげておいてくれ、としか。」
この女は、良くも悪くも分け隔てが無くなってきていた。
「嫌ですよ。信じられないんで」
「プール汚されたのも全然許せませんし。あの癇癪も嫌ですし」
そういう奴がひとりはいたって良いでしょう。
保身のことだけ考えてますよ。健全なくらい。
「まぁ、もっと貪欲にやってくべきってのは同感だな」
そうじゃないと生き延びられるかどうかもわからない状況だから。
とはいえ、人から奪うことはしない。奪うほどの余裕もないため。
「……どうして。何故そうも簡単に、人の善意を踏みにじれるのか」
「全くもって理解しかねるな、僕は」
「施す側だって、痛いんだぞ。……そんな相手によくもまあ刃を立てれるものだ」
僅かな怒気を含ませながら呟く。
施すという事の重み。昨日改めて思い知らされた事。
それを軽んじられたように思えて。
「………………」
皆色々思惑があるんだな。
分け与えたり、奪ったり……
当事者の一人であるはずなのに、
どこか他人事のような思考。
あんまり頭が働かないぶん、
考えを放棄しがちだった。
「………夜草さん、大丈夫?」
どうやらこの医者は、貴女のことを支えるべき患者だと認定したらしかった。
「あぁ、彼女の毒、今無効化されているらしくてね。さほど心配することはないよ………」
「全く……穏やかじゃないね。まあ、強気な姿勢も嫌いじゃないよ。」
いや、まあそれが普通なのだろうから何ら不思議がることでもないのだけれど。
「さあ、明日はどうするつもりだろうね。資源が余っている者を先導してまた施しでもするつもりなのかな。」
「俺はただお礼を言うだけのつもりだったよ」
「“今際の水をありがとう”って」
冗談混じりの抑揚であるが、もしかしたら本当にそう言うつもりなのかもしれない。
「…………死んでも見捨てられるだけだ。生きる努力を怠った結果だ。」
「ここの奴等はまだ弔われるだけ上等だ。」
「他者に施しをやるような軟弱が生き残れるかは見ものだよ。
ま、そいつが死の淵にあってもこの施しはもう返してやらんがね。」
「………」
言おうとして口をつぐんだ。
ついでにハルという名前に反応してしまう。どうやら似た名前の人がここには自分意外に二人ぐらいいらっしゃるらしくて。
「僕も可能ならば教えたいのだが……生憎、名前を聞きそびれていてね」
「ま、今度見かけたら声をかけてみるさ」
彼は少々苦手なんだがね、と心の中でほんのり毒づく。
「見つけてお礼でも言うんです?それとも返却?」
あげる意味もそうだけど、今の意味もちょっと分かりません。
ガメてれば良いのに……。
「ハルくんて頭悪いんすね」
まーたやってら。
「…………それが愚かしいと言った。」
「己が生きるか死ぬかの瀬戸際であることが、まだ分からないというのか。」
このカッパはもう死にそうな側だったのだが……。
「うーん………心当たりと言うかやりそうなやつはいるが、確実に彼だと言う証拠もない………」
昨晩はあのあと眠ってしまったから、あのあとに起きたのなら知る由もない………。
「……資源を贈られたのは、オレだけじゃなかったんだな…………」
モニターを見に来てみれば、自分と似た状況らしい者の会話が聞こえ。そう独り言ちる。