『プール』
白いタイルと規則正しい大き目の窓で構成されている。
窓は割れ、崩れた天井からプールに雨が降り注いでいる。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
水しか出ないシャワー室も一応ある。
『記録[
「プール初見の嬢ちゃん、シャワーも初見なのか……?
どんな環境で生まれ育ってきたんだよ……」
「女たち誰かレクチャーしてやれよォ〜」
「……そこまで凍えるなら毎日はやめておいた方が良いですね。
風邪引かないでくださいよ~……」
真っ当な心配を向けている。
温める手段を持ち合わせていないので、向けるだけ。
「ああ。単純に踏ん張れないから走れないんだ。
なるほどな……流石に物知りですね」
「……角はね。すごいですよね、これ」
自分の角なのに他人事のよう。
「……思ったんですけど、シャワーを直接浴びるんじゃなくて、タオルか服を濡らして、それで身体を拭けばいいのでは?」
「そのあとでシャワー使ってタオルや服を洗って干せばまた使えますし……」
「全く、ホテルっぽい内装なんだから大浴場ぐらいはあってもいいものだと思ったんだがね。」
寒いけどまあ、白衣を犠牲にしたお陰か幾分かはマシである………
千鳥に倣った緩い足取りをして、聞き慣れない水音の傍まで歩み出す。
この際で言えば、半ば雑魚寝の大浴場でも文句付けたりしない。
汗を濯げるなら──と、個室を目の当たりにするまで思ってた。
「?」
「湯船が何処にもないね」
なあに?これ?
「うわうわ……」
鍵の掛かった個室の足元から排水溝へ向け、
夥しい量の流水が次第に吸い込まれてく。
もしかして、これがお風呂?
「なんかシャワー室行ったヤツら全員疲労困憊だな……」
「ギリあそこがとんでもない拷問部屋の可能性がある」
冷水シャワーはまぁ拷問寄りではある。
「あははっ、足して二で割ってもまだ広いくらいですよ」
「それにしても、ここには色んな人がいるなぁ……角のクオリティ凄い」
コスプレか何かだと思っている。
「あぁ、あと、科学的な話をしてしまうと……夢の中で走れないのは寝てるときに足を踏ん張れないからだよ。走るときは足にちからを入れて踏ん張る必要があるが………寝転んでいたら足を踏ん張る先がないだろ?そんなかんじ………。」
突然早口で説明し始める。ようやく医者っぽい片鱗が見えた気がする。
「ハァ……ハァ……」
満身創痍といった様子でシャワー室から這い出る。
髪は湿りきってるし奥歯がガチガチ音を立てているが体臭に比べれば些事らしい。
「……流石に毎日は入れないな」
「あたし…煙草も吸うからよォ……いやまあ、臭いじゃなくてその……臭ったら気になるからねぐらいだけどさ………余計に気になっちゃって………」
しおしお。からかわれただけでこのザマ。また弄りがいがありそうな女なのでした。
「ああ。人通りもあるから風も来そうですね」
ならいいのかも。
「いいなあ、広い家。その分掃除は大変そうですけど」
「俺の住んでいる六畳一間と足して二で割ってほしいくらいだ」
「夢の中で走れない時はなんかどったらみたいな占いあるよなァ〜」
「大抵ストレスとか現状への不安とかだけど……」
角がついてても不安に苛まれるのかな……
角への熱い偏見である。
「あぁ、これは………ロビーの適当なとこで干すつもりなんで………カウンターとか………たぶんいけるいける………」
服の方は白衣の犠牲のお陰で無事。
「あは。頬が餅のように伸びるかもしれないのに」
「でもその感覚はわかります。夢の中でも痛いのって何なんでしょうかね?
後は……走れなかったりだとかも」
夢の中は足が重い。
自分に限っては代わりに頭が軽いけど。
「……服を干すところもあればいいんですけどね」
「どこかのテーブルで平干し……?」
行儀悪いかな。どうだろ。
「まぁ別に足滑らせんならローラーでも草履でもいいけどォ〜……」
マナー云々より水に落ちて哀れな濡れ鼠が完成することへの警鐘である。
まぁでも……美人が濡れる分には……プラスか。おじさん的には。
やや落ちないかなという期待寄りの顔になった。
10分ぐらいでちょっとしっとりした女が出てくるかも。
様子からすると白衣も湿ってるらしいからタオルがわりに使ったっぽい。その白衣もついでに洗ってきたかなぐらいの感じだ………。
「えっとォ……赤猫さんに…体臭は気にするって言われちゃって………」
ちょっとからかわれただけなのに当人はマジで受け取ったらしい。
「夢の中で抓ってもなァ〜、なんか夢には夢の痛みがあるっていうかァ……」
「火とか起こせれば湧かせるかもだけどなァ〜」
「俺が持ってるのはショップで買ったライターだけ……」
「ローラーシューズ……ああ。へえ、ホントだ」
「久しぶりに見たな。随分バランス感覚が良いんですね」
シャワーの音を聞き、本当に浴びてるな……と思いながら目を向けた。
「それで移動した方が早いくらいなら本当に広そう」
「女指さして藪から棒に脱げなんて不躾極まりないね」
「草履を脱げったって嫌よ。そこかしこ靴跡塗れなのに」
態々履物脱いでる人に人でないもの幾らも居やしないね。
無法者に呉れてやる礼儀作法なんてちっとも意味無いの。
吾輩が何某とか全然近代だし、何抜かしてんだか。
「シャワー……」
何とは言いませんが皆さんあちらに出向いて行きますね。
娘さん揃いも揃って、と、あらば、
目当てのものがあるのかも。
「私が勤めるお屋敷、とっても広いので、移動手段がローラーシューズなんです。
常日頃から身につけていると慣れますよ」
歩いたり、滑ったりを繰り返している。
プールに落っこちる、なんて心配は不要そうだ。
「よし、やるぞぉ僕は」
「たかがシャワーのひとつやふたつ、なんて事は無いはずさ……いざ」
シャワー室に入り恐る恐る蛇口を捻る。
外の雨音と混ざる水の音が肌の内側に刺さる。
「〜〜〜ッッ!!!」
声にならない悲鳴がひとつ。
「まだ夢中ですか……ほっぺたつねったらどうです」
古典的。
「どうやらお湯は出ないみたいです。
まだ出ないのか、そもそも出ないのかはわかりませんが」
「ローラースケートに慣れる環境、マジで想像できねェな……」
「まぁ転ばないならいいけどォ〜。白衣の嬢ちゃんはなんか落ち込んでんなァ〜」
「お、角の兄ちゃんも昨日ぶりだな。夢から覚めたのにまだ夢なんだよな……」
探偵見習いやらも来てる。
ちらほら知った顔も増えてきたなァ〜
「大昔って言ったらあれよ。あー……吾輩はアレであるとかの小説の時代よ」
ちょうど番傘とかの時代なのかもな…