『プール』
白いタイルと規則正しい大き目の窓で構成されている。
窓は割れ、崩れた天井からプールに雨が降り注いでいる。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
水しか出ないシャワー室も一応ある。
『記録[
「あー、その毒女回収するならさっさとしてくれませんか?」
言い過ぎなんて事はありません。
四子の話した事も、殆ど一緒でしょ。
そんでカラフル頭を見て、毒女を指さす訳です。
「非常用プール水がこんな癇癪で汚染されちゃ困ります」
「藍くん、それは……」
言い過ぎという視線は向けておく。
窘めるというより、自分のスタンスの提示だ。
「自分の感性を他人に当てはめても無理が出るもの」
「寄り添いのない善意は、迷惑になってしまう」
「……ここは、誰の過去も、意味がないですから」
「……………………」
これは咄嗟に言葉が出ない方だ。
言葉を尽くすにも相手を知らず。
知らぬまま言葉にするのは、いささか不誠実か。
今まで生きる意味があったんだなって。
意味を失うのは怖いだろうに。
「大きい声はあまり好きじゃない。
落ち着きなよ」
貴方の事情はよく分からない。
そうやって使われて来たんだと。
長居し続けた結果、気が気でないんだろう。
「あぅ」
「あぅぅ……」
「い、言い争いはよくありましぇえん゛…!」
ゔーゔー唸りながら。
ただ顔を青くしておろおろとしていた。
どうしましょう、どうしましょう。
よくない空気だけ、なんとかしたかったけど。
何にもできない。
「夜草織様、お気持ちは分かりますが……どうか気を落ち着けてくださいませ。そんな余裕など、最早貴方様にはないのかもしれませんが……。」
元々、早く帰らなくてはと焦り、喚いていた方だ。
感情的になりやすい人なのだろうと思っている。
「捨て鉢になり、皆様に攻撃して、何になりましょう。
お話であれば幾らでも、お聞き致しますから……。」
その様子を、憐れむ気持ちがあった。
「織さん……」
考えは理解できるから。自分なりに共感はした。
「これがあなたの意味でいいのかしら」
けれど、なりふり構わず周囲を巻き込み自らを無下にする在り方を肯定することはできなくて。
険しく、されど諭すような声をかけて、首を横に振った。
「……別に」
「使ってやったっていいけどなぁ」
うーん、と頭を掻く。
「でもまだドロドロになってないんだから、もうちょっと色々見たり話したりしたほうが良いよ。」
「そしたらもっと意味のある死があるかもしれねェだろ」
「何も見つかんなかったらまた考えろよォ」
なぁ?まだ時間あるよ。
「……」
その一連の言葉で、理解をする。
彼女の辿ってきた生を。
どう扱われてきたか、その一端を。
「あなたは」
「押し付けているだけ」
「あなたの存在意義と一緒ね」
「私とも、一緒」
無関心、ではなくなった。
少しだけ悲しい目をして、見つめている。
「失礼しま……うぉあっ……」
部屋に入った瞬間の大声に気圧され
「……戻ったほうが良いでしょうか」
半身を部屋の外へ戻す。
あ、うるさ。って頭が傾いた。
女の子の高い声って余計うるさいですよね。
分かります。
「あんたの過去がどうでも、たった今、この場の他人には関係無いんでー」
「そんな墨より綺麗なプールのが良かったすね、普通に」
「そんなものだ。」
窓の方を見ることを止めた。
赤い目を覗かせる。……ここにきて初めて合羽の明確な感情が見えた。
「神聖なありがたいという墨を汚染のために使うとは愚かしい。
なんの誇りもない行為だ。
そんなものに貶めたのはお前の方だ!」
「……ふーん。」
おじさんの軽薄な返答より、女の言葉の方が。
「何でダメ?私の墨ってありがた〜い墨なんだよ。
これで御札とか書くと、とっても強力な厄除けになるんだって。」
「死に意味を残したいかって?」
「そんなの当たり前じゃない!」
「私は!ずっとこの墨を生み出す為に生きて来た!
たかだか?そんなもの?巫山戯るな!!!」
「おや、まあ……
それはそれは……」
多分、などという言葉を使うあたり……
そもそも、徐に行動していたあたり……
わざとやっているんだなあ、と少し眼を伏せた。
プールの水が染まるのをじっと眺めていた。
「あぁ……」
「そういうことも、あるんですね」
それだけ、ぽつり。
許容しているのか。
何か言うことを、何かすることを諦めてるか。
多分後者。
プールで泳ぐ人は少ないだろうけど。
この人も、また人ではないんだな。
また凄いものや変な事を聞いた。
「溶ける、ですか。
貴方はそれをどうするんです」
「…………。」
溜息。
「……たかだか一人の死くらいで今更何かを残せるわけではない。
だが、生を諦めてヤケになるさまを見るのはとてもつまらない。」
「…………何かを残すためにここに来たのだとしたら、滑稽だな。」
なんとまあ口汚い。そこまで言うこともないだろうに。
手をぎゅと握り返した。
しっかりと。あなたも当羽もここにいる。
「ドロドロの墨…」
「…人間はそのようにできていないと思いますけど…」
目を逸らしながら。
「多分毒なんじゃない?」
元々は、毒性のある体液だった。
だから、今プールに混ざった液体は……
けれど、ここは不思議な空間。
もしかしたら毒性も消えている可能性はある。
「……」
「使わせないで」
「身から出した墨は、血と同じ」
「そんなもので、物を書かせないで」
「そうして死に意味を残したいの?」