『廊下』
薄暗く、色褪せた廊下。一切の破損はない。
絨毯は水にぬれ、だいなし。
中庭に面した壁は割れない窓になっている。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
『記録[
探索を終えて。
窓に手をついて、殺風景な中庭を眺める。
思考する。
「雨に、濡れないように……」
繰り返されるアナウンスの中で。
その一文が気になっていた。
現状、外はもちろん中庭に出る手段すらないのに。
どうして「気をつけろ」と注意するのか。
「……」
答えは出ない。答えに至るための材料が少ない。
一旦、別の場所に行くことにした。
「アン……今日は戻りましょうか。
良くないこともたくさんあったけど、今日も一緒に過ごせてよかったわ」
隣にいる天使の手を握れば、自室の扉を開いてもらい、二人で帰って行くのでしょう。
・・・。
(システムの担当者……まあ、いるんだろうが……不具合があったことを、オレ達にも聞かせるってのは……)
(いや、状況の変化がわかるのはありがたくもあるか……)
(……ロビー以外でも自動音声が聞こえるのは、そうやって、現状がどこでもわかるっつー良さと……否が応でも周りのことを考えちまう厄介さがあるな……)
(雨音だけに集中させちゃあくれないってことだ)
(少なくとも、停電中の警戒は必要か……つったって、相手が刃物を持ってたら、オレみたいな素人に何ができる……?
「さて……僕はもう少し脱出の手掛かりを探すとしようかな」
「いがみ合わなくとも資源はいつか尽きるわけだし、動ける内に動くのが得策だろう」
「君たちも……全員で生きて帰れる事を祈っているよ」
そう言って廊下の向こうへと去っていく。
「結局人間が一番怖いみたいな、ヒトコワってゆーんだっけ?そゆのあるのにね笑」
カラッとした笑顔で笑った。
「え!天然羽毛布団寝心地よさそ笑」
「アタシそろそろ寝よっかなー みんなまた明日ね!笑」
「……別に何かあったわけじゃないよ?
ただちょっと、一人で外を眺めたかっただけ」
どこか気づかわれているような視線を感じて、そう答えた。自然体の笑顔だった。
見たかったのは外、というか雨だけど。ここに来たばかりの時も、ここから雨を眺めていたから。
「うん、そろそろ寝ようかな。みんなおやすみなさい。また明日ね」
満足したのか、窓のそばから離れると、みんなに手を振って再びその場を後にした。
「羽があるのもいい事ばかりではないのね。
少なくとも寝心地はいいけど」
隣の羽に包まれれば、冷たい空気も温かくなって、もう少しだけ起きているつもり。
この時間を少しでも謳歌していたいから。
「無事なようなら何より」
「…………そうだね、誰もお互いに傷つけ合う事がなければ良いんだろうけれど」
「やはり難しいか、他人が他人である以上は……」
「あぅ…」
人数が減っていることに疑問を思っていた。
こんな状況。道中で意見が割れる。
仲違い。悲しいけれど、無きにしも非ずなことだろうから。
天使は悲観的。
「あ、おかえ……りー?」
向こうで解散したのかなと思ったけどなんか様子が変っぽい?
あんまりつつくのもよくないかなとそれ以上は何も言わなかった。
「集められたひとたち人間が多いから人間じゃないヒトってターゲットになりやすいのカモ……」
「なんか、やっぱ怖いとか思うんかな」
お腹いっぱいなら…いいんれすけどぉ、と。
拭うのを見つめた。汚してるのは当羽だった。
「誰も傷付かず、誰も怪我せず」
「これが…1番なんでしゅけどねえ」
資源も消費さずに済むのだから。
怪我は大丈夫でしたよ、と言いつつ。
あとは相槌打ちながら、繭の子の動きに合わせることだろう。
「あら……」
戻ってきた顔にひらひらと白絹の袖を振って、二人足りないことには首を傾げるけれど。
それ以上は言及せず、同じく外を眺めたり。
数時間前にここを離れた少女がふらりと戻ってくる。行きは三人だったけど、今は一人。
何も言葉を発さず、人だかりから少し距離を取ったまま窓のそばに。もし視線があえば、軽く微笑みながら『気にしないで』とジェスチャーするだろう。
そしてそのまま静かに、中庭に降り注ぐ雨を眺めている。
「鈍臭いでしゅし、的が大きいので狙いやすいのでしょう」
自分でいうか?
「悪魔も?…」
「悪魔でもやられるんれすねえ」
思ったことを口にしている。
悪魔でもか。
「あれま、それはご愁傷様だ」
「出る杭は打たれるというか……目立つ人ほど狙われやすいのはあるだろうね……」
「怪我は大丈夫だったのかい?」
「ええ。もうお腹いっぱいみたい」
ふわふわの袖で額を拭った。ちょっぴりあなたの涙で湿気てる。
「そう。誰も傷ついて欲しくないけど……」
虚弱なこの身、襲われたらひとたまりもないだろう。
「放送では約7日後と言っているわけだ」
「希望的観測をするのであれば、もっと短い期間で出られるかもしれない」
「誰かに見られているのは確定だろうし、その人らが悪い連中じゃなければ助かる見込みは十分あるさ」
「明日は狙われないといーねー……」
「やっぱ天使って目立つから狙われやすいんかな?」
声もでかいし……というのは黙っておいた。
「悪魔クンもやられてたでしょ確か」
「このままず~っと【七日後】ってアナウンスが続かないといーけど……」
自動音声に耳を傾ける。
「もしかしてずっと同じのが流れてんのかなって思ったんだケド、放送内容はちょっと変わってるもんね?」
「?」
こう見えて結構、なんだろう。
瞬きの間に満腹は訪れたようだった。
「こ、これだけでいいんれすかぁ…?!」
たったブロック1つ分。
それだけで満たされたというのだから、ほんのり心配にもなるが。
けれども無理に食べさせる物でもない。
わかり…ましたぁと頷いて、残りはしまうか。
「?」
体が寄せられている。暖でも取りたかったのだろうか。
「穏便に、か」
「そうしたいのは山々なんだが……」
「どうにも、人に危害を加えたくて仕方のない性分の人間がちらほら居るらしい」
「こんな状況だ、警戒は常にしておくべきだろうね」
「やっぱり待っている他ないのかしらね……」
得難い助けを得て、この場所に居心地の良さを感じる程だったけれど。
今は何とも言えない不安が胸の内を満たしていた。
食べこぼしの内容に配膳しながら。
「ま、窓もドアもあきましぇん」
「穏便に…大人しく…七日間を過ごすのが吉かと思いましゅ」
手詰まりは待つしかないのだと思っていた。
「私、こう見えても結構……」
咀嚼の間に、言葉を挟んで。
「……いえ、もうお腹いっぱい、だわ。ありがとう」
ブロックの一つを完食したあたりで腹が満たされたようだ。
か細い指で己のお腹を撫でて。ほんの一瞬首を傾げた。
心なしか身体を近づけて。
「さ、流石にこれくらいはできますぅ」
器用に崩した粉の味。
あんまり、美味しいとは言い難いかもしれない。
溢さないようにとあなたのペースに合わせて食べさせていく。
小さな口に控えめに差し出していた。
雛鳥の餌付け。
するみたいな心地だった。
「そーなんだ!食べこぼし気を付けてね笑」
「窓もドアもあかないよー」
「アタシもみんなも試してるけど無理そだった笑」
「けっこー力尽くでも無理っぽい」
「ふむ……ここからなら中庭を見れるようだが……」
「窓は動かせそうにないし、やはり脱出は難しいかな」
1人で静かに廊下を歩いてまわる。
顎に手を当てながらつぶやくのが癖になっている様子。