『廊下』
薄暗く、色褪せた廊下。一切の破損はない。
絨毯は水にぬれ、だいなし。
中庭に面した壁は割れない窓になっている。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
『記録[
「俺は俺に分かる人しか愛そうと思えないんで、良く分からん隣人とかは愛そうと思えませんね」
「でも化け物より人間のみなさんの方を優先しています。そこだけ信じてもらえれば良いです」
「ドリーミングジジイやば笑」
「おじさんまたねー笑 死ぬなよー笑」
「こーゆの博愛主義ってゆーんだ?」
「じゃアタシ博愛主義なのかも笑」
「優しいかな。満遍なくいきわたらせるということは。
入っている資源全部持たないと助からない人がいたら」
「……それを一度、無視して持ち去るということです」
だって、そこで総てを消費してしまえば。
他の人の苦しみが全く和らげられないから。
「……でも、ありがとう、皆にそう言ってもらえるのは、嬉しい」
「木枯先生も、どうかお気をつけて。
怪我してたら私、きっと、薬をあげますね」
「はい、トゲトゲします」
この歳頃にしか許されんトゲトゲ具合です。
嫌いなものは嫌い。嫌なものは嫌。
そういうシンプルさで成り立っています。
「さようならドリーミングジジイ」
ヨンコさんと同じで自分も言葉を交わして名前を知った人達の事は少し好意的に見ている。
もっとも自分は身勝手に、ほんの少し…自分が心地良いように優先度を付けてるだけだから優しさとは遠い物だろうけど。
「たくさんトゲトゲしなァ~、そのくらいの年はそんなもんだわな」
俺も嫌いな作家のこととかボロクソ言ってたよ。
「まぁでも」
「思ったより同じくらいの年代のガキ達が集まってそうで良かったわァ~」
「ガキが一人ぼっちだと大変だもんなァ。仲良さそうだし良かった良かった」
治療とかもしてもらったっぽいもんな。
それくらいには交流がある仲ってコト。
「あんまいてもトゲトゲさせるだけだしそろそろいくかなァ~、生きろよ~」
「こっちの様子は……聞くまでも無いですね」
人がそれなりに居る廊下にやってきた少年。
人々の雰囲気で察したようで。
「怪我してる人に薬とか買うのもいーけど、自分のこともちゃんと大事にしなよー?」
「ヨンちゃんが話したことある人好きってゆってるのと同じ!」
「アタシもヨンちゃんのこと好きなんだから笑」
そばにいる子が目を細めたのを見れば、ぎゅうっと手を握る力もこもった。
「んぇぇ…」
資源の入った袋も軽くなっている。
前途多難が前にぶら下がっていた。
「…」
聞こえてきた考えにはあぅあぅと鳴いた。
偉いこと。とても。心配にも聞こえたが。
「……ヨンコは優しいね。
でも無理だけはしないで。自分のことも大切にしてね」
昨日知り合ったばかりの女の子にそう声をかけた。
あなたが傷ついたら悲しむ人もいるから。
相変わらずアナウンスは変わらないな…と思いつつ、担当者という単語やら、雨が止んだら迎えに行くという言葉やら、ここは何かの実験施設か何かなのかな…と考える。
分かってるのは多分ロクでも無い場所という事だけだけど。
いつもの笑顔ではないけれど、別に不安にも思っていなさそうな、
それはそれとして思案に耽っているのもわかる曖昧な視線をその辺に静かに漂わせて、
交わされる会話なんかも右へ左へ聞き流しながら頭に残る言葉だけを適当に思考の海へ放り込んでは、
傘を握った両手の親指をゆっくりと擦り合わせている。
かといってどこかに行くわけでもなく、まるで蚊帳の外みたいな顔して突っ立っていた。
「私は今まで会った人たち、
大抵すこしは好意的に見ているので……」
「……たとえそれが、下手人だったとしても、
私、同情か……理解をしようとしてしまうんじゃないかって」
強い思想、好き嫌いを持たないと、
今度は自分の位置を下げてしまう。考え物だな。
「怪我をしている人達に還元してあげたいな、なるべく」
確認するのを忘れたけど、自分も資源の袋を確認する。
最初の時の半分くらいの軽さになってしまった気がする…1日でこれだと7日なんて到底持たないだろうなという考えが過る。
手持ちの資源を覗き見る。先ほど休んだぶんだけ軽くなったそれ。
……ナイフを買ったら七日ももたないだろうな。静かに袋をしまった。
「俺まだ若いんで。全然トゲトゲさしてもらいますね」
あと、嫌いだし。
ヘイトスピーチを声高にするのはやめません。
「そうすね。先に持ってっちゃって──さっさと衣料品にでもして治して回った方が良いかもしれません。四子ちゃん頭良いすね」
自衛手段はあった方がいいのだろうけど、逆にナイフを持ってて危なそうだから先手で襲った、なんて輩が出ないとも限らない。
どちらも正論で難しい問題ではあるけど、自分も今は『持たない方』を選択しようと考える。
それに…誰かを襲う程錯乱もしてないつもり、少なくても、まだ。
「そうですね……ナイフひとつよりも、
いくつか消耗品を買ったほうが、……性分に合います」
「……誰かが持っていくぐらいなら私が持っていく」
その発想はなかったな、なんて。
持ち去って袋に入れてない、一枚っきれのそれを見る。
「ふふ、襲われる前に、
物にして配り歩いたら」
「襲われても奪われるものがなさそうですね」
なんて悪だくみ。それをするには流石に早急すぎるけど。