『廊下』
薄暗く、色褪せた廊下。一切の破損はない。
絨毯は水にぬれ、だいなし。
中庭に面した壁は割れない窓になっている。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
『記録[
「傘持ちが結構多いんすよ。メガネっ子も傘持ってましたし。ズルっすね」
「傘があれば中庭で遊び放題じゃないすか」
玲衣もそうだ。けど、跳ね返りの雨が不安か。
こちらだって試す気はあんまり無い。
いや、暇になればアリか。
「つゆちゃんがいるから嵐ちゃんとかどうですか」
「廊下は普通。この庭、開かなかった所か…よーく見える。
向こうで雨について考察してたけど、
普通に濡れて風邪を引く訳じゃ無いかもしれないな。
あの時の話も視野に入れて…」
ボソボソ呟き。
「つゆちゃんが好戦的で勝気な女の子って事は分かりました」
つゆちゃんって名前、相応しくないっすね。
ゲリラ豪雨とかにした方が良くないすか?
言わないけど。
分類。確かにそうかも。あはは、と思わず笑い声を漏らして。
「まあまあ、多分人間だよ。みんな、どう呼んだらいいかわからなかっただけだと思う」
「私も覚えてないし。そもそも、名前があったのかも知らないし」
「気に入らないなら、雨降り傘でもいいよ。好きに呼んでね」
俺も無愛想って思われてます?
充分愛想良くしてるつもりなんですが……。
「お化けなのかもしれませんね。困ったな」
「お化けは……化け物なので……」
「あはは、嫌なら人の往来に寄り付かないよ」
「好きでやってんの。突いて欲しがってんの」
態々廊下を選ぶ辺り、あの猫もじゃれ付きたいに違いないの。
遊んで欲しがってたから遊んでやってんの。
「遅かれ早かれ綿が暴かれるだろうにね。馬鹿だなあ」
「つゆちゃんですか。どうもこんにちは」
こっちは名前もあるし、普通の人間、ぽい。
少なくともキチガイ人間ではなさそう。
「人間が増えてきましたね。静かだからでしょうか」
畳んだ番傘を杖代わりにして凭れ掛かる。
芳しい薫衣草の香りが仄かに漂った。
して、問い掛けにはこのように。
「うん?あたしはね、」
「つゆって呼ばれてたの」
にしても、こんなにも愛嬌たっぷりの女放って、
親の躾のなってない無愛想な男共ですこと。
「人でも、猫でも、あんな速さで走れるなんてすごいね」
「余程嫌だったんだろうなあ。それか、びっくりしちゃったかな」
どっちだって構わないのだけど。
「なんか傘の人は人間じゃない気がしてきましたね」
名前ないってなんだろう。記憶喪失とか。
戸籍が無いとか。化け物とかかな。全部嫌だが。
別に取り持って貰った覚えは無いが。
何か人間の好で玲衣がついてきてるだけ、だし。
「へー人間なんすか」
最優先がまともな人間、次にキチガイ人間。
最後が化け物なので関係無かった。
オレ、ニンゲン、スキ(欺瞞)。
「そっか。雨で体を流せればよかったんだけど」
外には出られないし、雨に触れちゃいけないみたいだし。それ以外にも問題はありそうだけど。
みんなにつられて、顔の横辺りの髪を梳いた。
「私?」
「名前は特にないかな。モニターには、雨傘少女って書いてあったけど」
多分人間っぽい少女の言。
「……着ぐるみ、だったんだ…」
おかしくなっても、変じゃないのかな。
不安な気持ちが大きくなってしまう人がいたって、笑えやしないなと思った。
「落ち着ける場所、ほしいよね…個室、とか……」
「シャワー室くらいでもいいから…息つけるようなところ…」
息が詰まる、どこに行っても。
同意しつつ、名乗ってくれた彼にはちょっとだけ口元をゆるめた。
へにょ……
よろしくね、藍くん。とかえしながら。
辛気臭い青瓢箪同士でほくほくよろしくやっているね。
仲を取り持ってやったと言って差し支えない。
振袖の娘は優雅な笑みを誇らしげに覗かせた。
「いいや、ありゃ人間だよ」
「だってねえ、背中にチャック付いてんの」
「無理に引っ剥がそうとしたら逃げてったけど」
「お嬢さんはなんて言うんでしょう。そっちの傘の人は?」
「俺は人間ならウェルカムです。まだキチガイって訳でも無さそうですしね」
着ぐるみ猫は、そうだな、もう違ってるかも。
男はドライで差別的。そう思って貰えたらそれで良い。
はい、こっちが化け物嫌いの人です。
実際嫌いって訳じゃないんですが。自衛なんで。
「俺は今すぐ目覚めたいですね……。面白くないし。風呂に入りたい。既に」
なんて、黒髪を真似してくしゃくしゃした。
廊下で立ちんぼする趣味も、こんなのを面白いって言う趣味も無い。
「あー玲衣君すね。俺は藍と言います」
どうもよろしくと今更ながらに男に軽く頭を下げた。
すんげー今更っすね。苦笑。
「なんか…あの場で名乗る必要もなさそうだったっていうか……」
別に、名乗らなくても問題なかったし。
そして、今はこの流れに従っておこう。その方がよさそうだと思ったから。
「……玲依。帳玲依(とばり れい)」
「好きに呼んでくれて、いいよ」