『廊下』
薄暗く、色褪せた廊下。一切の破損はない。
絨毯は水にぬれ、だいなし。
中庭に面した壁は割れない窓になっている。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
『記録[
ってよか、眠たくて瞼が落ちそう。
飼ってる虫はくうくう鳴きますし、
お腹が空いたらこれですよ。
泣けて来ちゃいそ。
「くあ……」
欠伸また一つ噛み殺す。
お屋敷に帰れたら泥のように眠れそう。
相も変わらず静かな事で。
他所がちと騒々し過ぎるのかも知れないけれど。
それか殺風景な部屋に立て篭って怯えてんのかも。
「あれって虹かしら」
「虹にしちゃ、あんまし綺麗じゃないねえ」
赤茶色に薄汚れた振袖揺らし、窓の向こうを見遣る。
中庭の鍵は一向に開いちゃくれないし、
なんだか、お腹も随分と空いた。
喉だって乾いちゃった、な。
・・・。
(……30時間後ね……30時間経った後、オレ達は……オレはどうなっちまうんだろうな……)
(雨が止んで、"迎え"が来たら……)
(帰ったら……ばあちゃんに謝ろう。じいちゃんにも、それから……)
(謝って、何があるってわけじゃあねえんだが……もう謝ったって、遅いのは、わかってるんだが……オレは、ずっと覚えていて……だから……)
(……ここに連れてこられたヒトの名前、覚えてみるか)
(バカだからどこまで覚えられるかわからんが、まあ、30時間あれば……)
「雨に濡れたら死ねるのかな。」
静まった廊下に喧しく告げる声と雨音。
窓を何度か叩くも割れることなんてない。
わざとらしくため息吐いた。
「…どうしよっかなー。」
音もなく立ち去った。
残るのは、雨音だけ。
絨毯の上で廊下に並行した向きで仰向けに転がっている。
個室は広さは十分であっても床が硬いし、ソファはのびのびと転がるには窮屈である。よって此処…というだけの理由だが、通行人にとってはそこそこに障害物だろう。目立った損傷は無く、尾だけがうねっているので死体と間違われる恐れはあんまりないかもだが、邪魔だ…
なんだろう、この胸騒ぎ。
あと少しなのに、どうしても不安が押し寄せる。
生き残りたい。早く元の場所に戻りたい。
猫はまた丸まって、浅い息を吐いた。
・・・。
(……不具合を直す気はねえってことなんだろうな……雨が上がったら迎えに来てくれるってのも……本当だと思いたいが)
(しかし、雨だけは変わらず、ずっと降ってんだな……)
(天気なんて普通なら変わっちまうものがここではずっと変わらなくて、変わらないはずのものが変わってく……ふざけんなよ。そんな簡単に死んでいいわけねえんだ……)
(生きてやる。せっかく食べモンだってもらったんだ。こんな雨の中で死んだらもったいねえ)
(……あの人は、生きてるみたいだな)
移動する途中で話を聞いた。いなくなった、らしい。…何が?
何だか分からないし関係もない。
けど、なんなのだろうか。
人として、 猫として。
嫌な予感。
再び戻ってきた。
静かなのは良いことだ。
…
眠たい、けれど
少し…思い出してしまった。
何か変わるかなって思って
「にゃあ」
そう鳴いた。
面白そうに見つめているのは中庭
ではなく。廊下を行き交う人々を眺めている。
窓には色々な役割があり、通して見るのもその中の一つ。
見る景色だって外の景色とは限らないもので。
「にゃあ」
いつも通り、隅で丸まる猫。こんな時期にもなると、寒いだろうから…
己の平均的な身長を隠す為でもあるかもしれない、猫でいたいのかもしれない。
浅い息をして、またひとつ鳴いた。誰に向けてだろうか、分からないけど。
「――……」
威勢のいい言葉を吐いた後。
部屋から見えなくなるのを確認すれば、
ずる、と気の抜けたように足が崩れる。
当然だ。
自分はもう死人目前なのを隠さなければ。
健康であることを意識されなければ。
憎しみを背負えないのだから。
「――さて、そうですね」
「……あの場所に、行けたら。
一番良いのですがね」
そう呟いて。
そのまま、足を引き摺る音と共に、どこかへ。
ふと出歩いた廊下。窓の先を見れば。
「……日が差してる」
それだけで、止まない雨はないと信じさせてくれる。
雨が止んだとして。本当に帰れるの?
「……先、戻ってるね。」
聞こえたか分からないけど、一人になりたい気分の時もあるかもしれないと思い、
小声でそれだけ伝えて先に個室に戻る。
人が突然消えてしまったり、ロビーの方ではいよいよ本性を出した人が騒いでたが、
自分達がする事は警戒して身を守りながらここから出れるようになるのを待つしかない。
奪う資源が無いにしても理由も無く襲われる可能性もあるから休息の選択肢は消えてしまったと思う。
「藍さんが正しかったな、きっと。」
ぽつりと独り言。
「───……Ah vous dirai-je, maman.
Ce qui cause mon tourment……
Papa veut que je raisonne.
Comme une grande personne……」
これが何の唄なのかは知らない、自分と違う世界の人間だから…。
それでも口ずさむのは元の世界が恋しいからかな…と思いつつ、
自分も同じ歌を同じか細い歌声で紡ぐ。
他人の真似は得意だから。
>>14406 ブランシュ
気づいてなさそうなので邪魔しないように横に立って、同じように中庭を眺める。
今日起きた事は色々と衝撃的な事が多くて困惑してるが、
それでも姿を見れて安堵する。
>>14383
「Papa veut que je raisonne.
Comme une grande personne……」
窓越しに中庭を眺めていて、廊下側に背を向けているからか、あなたの視線を気づかないまま小さな歌声を響かせている。
郷愁と哀愁、か細い歌声に悲しみを乗せて。
ロビーに足を運ぶことも、バンケットの様子を見に行くこともせず、ただ降り止まない雨を眺めていた。
「……Ah vous dirai-je, maman.
Ce qui cause mon tourment……」
窓の外を見ながら口ずさむ。
わたしが生まれるずっとずっと前の音楽。聞き馴染みのあるメロディーに、なかなか聞き慣れない歌詞。
けれどわたしはこっちの方が好き。だってお星様なんて、ここでも見えやしないんだから。
……バンケットの方がにわかに騒がしい。また誰か死んでしまったのかな。それならまだ、誰かが喧嘩してる方が安心する、なんてひどい考えだ。
「……どうしようかな」
停電が明けてからもう随分と時間が経つ。今からロビーに行くのも、バンケットの様子を見に行くのも、気が引けてしまっていた。
「……光の帯?」
個室から出て、窓の外の雨を眺めに窓へ近づく。
そして雨空を見上げてみれば、そこには見覚えのない光があった。