『プール』
白いタイルと規則正しい大き目の窓で構成されている。
窓は割れ、崩れた天井からプールに雨が降り注いでいる。
雨と地味な噴水と、緑のない殺風景な中庭が見える。
水しか出ないシャワー室も一応ある。
『記録[
「ふふ」
「勿論、ついていきます」
「私は元より、生きてさえいられるなら。
外よりも、ここの方が好きなので。
もうちょっとよくわからなくなるだけなら大差ありません」
答えは決まっている。希死念慮ではなく、望まれる自分を望みたいから。
「いつもどおり、気をつけようとだけ」
「未知に賭けるのには、まだはやい」
『一人、だもんね』
『……ちょっとでも、やさしい場所だったらいいな』
一人で知らない場所に、なんて。
きっと、寂しいだろうから。
「……落ちる…………?」
気分転換にシャワーでも浴びようと個室からやって来てみれば、不穏そうな会話が耳に入って来てしまい。
思わず少し反応してしまう。
「落ち方が判明すりゃ、落ちない方法もわかるわけだから」
「まぁ、分かったんなら広めちまったほうがいいのかもなァ」
「落とす方法に転用できるんだったら考えものだケド……」
未知だと延々恐慌状態から抜け出せないからなァ~…
『まだ皆でいっせーの、の方が怖くないかも……』
『良くはないけど……』
ここの環境は、どんどん嫌なことの方が増えるから。
あまり楽観的には考えられなくて。
『誰もやらなさそうなこと、かぁ……』
『朝からバンケットにいた……くらいしか覚えがないかも』
『……まだ、落ちる、落ちないの選択肢がある方が』
『ぼくは嬉しいかもしれない』
広めるのも良くないのかもしれないけれど。
突然、理不尽に奪われるよりも。
自分で選択をしたかった。
「するりと突如床をすり抜けて落ちていくよう、なのですかね……ただでさえ、今はどうしようもない存在が点在しているというのに、そのような奇妙な現象、どう対処すれば良いのでしょうね……。」
現状、どうすることもどうなっているのかもわからないのだろう。
無事に戻って来られるのなら、そう怯えるものではないが……
どうにも、心情のせいだろうか、楽観的には捉え難い。
「なんとも、嫌な巡り合わせでございます……」
運だとすると、本当に、どうしようもないことだ。
「……」
「リミナルスペース的な話をするなら」
「誰もやらなさそうなことをすると、落ちれるみたいな話もありますが」
偶然か必然か、わからない。
とりあえず今は、落ちる予定はないが。
「見つけたら知らせ……たいけど」
「広めるのもよくないかな」
『そうみたい』
『すり抜ける前は普通にしてたみたいだし』
『移動しまくってる……とかなら』
『ぼくも落ちて不自然じゃないんだけど……』
結構往復移動、しているので……。
「…………」
突然のお別れは、本当に怖い。
そっと目を伏せた。
死ぬより怖いなんて、そんなこともあるんだな。
「空間が、なんとか、どうとか……」
「言ってましたから。多分……」
「……仕組みが俺達の思考の範囲の外の何か……」
「運。かも」「ですかね」
先日もどうもう、こちらもぺこりとお辞儀をします。
何処もかしこも癒しが無くなると大変ですよね。
「うーん……床に穴、突然転移……」
悩んでいる。
「………………。」
一瞬だけ目線を向けた。
何も問題になるようなことはない。
少なくとも、ロビーには自分よりもはるかに気遣ったほうが良い人が居る。
「床をすり抜ける……ってこた、穴が空いてるわけじゃねぇのか」
「むしろ移動してないほうがって感じなのか…?わかんねェな」
ある意味停電より恐ろしい。
予測できないってのは人間の恐怖をよく煽る。
『よかった。ユウガオさんが無事で嬉しいよ』
二重の意味でほっとした顔をして。
『あ、本当? よかった。ありがとう』
『うん……バンケットで8番の天使の人が、すり抜けて落ちたって……』
『今のところどこかも、戻って来れるかもわからないんだよね』
「どうも、マリー様。幸運なことに此度もまた、標的にされることはございませんでした。」
礼には礼を返して微笑む。
よかった、ここは彼方よりは穏やかそうだ。
「いいえ、大丈夫ですよ、お気遣い感謝いたします。
床をすり抜けるという話はうっすらと移動途中で聞きましたが……恐ろしい話でございますね。一体どこへ行ってしまうのやら……。」
うんざりしていたのはそっちの話ではなかった。
なので問題ないよと首を横にふる。
『床、すり抜けちゃったんだって。天使さん』
『移動してすっ転んだとかでもないみたいで……』
『バンケットの床をすり抜けて、消えちゃったって』
『……あ、ごめんね。やな話だった……?』
ロビーにうんざりしているなら、これって嫌なお話かも……。
そっと様子を伺った。ごめんねの顔をしています。
中庭への扉、今日も開かない。
見える景色は少しだけ変わったけれど
出ることが叶わないのなら
それは何も変わっていないのと同じ。
「ああほんと、辟易いたしますこと……」
ひたひた歩くタイルの上。
ロビーは未だ騒がしくて、煩わしいから。
ここで中庭でも眺めていようかな。
「戻って来てくれるといいねえ」
身を案じる言葉ではなく、情報を持ち帰ってほしいという意味である。
が、どちらなのかは言葉だけではわからない。