ホームA
ホームの一つ。
1・2番のりばがある。
「やった~!」
じゃあレンタルしちゃお!と、ハグをしに行こう。
ぬくぬくふわふわで癒される…。
「チュンちゃんは寒いのだいじょぶなカンジ?」
「最近凄く寒いもんね…んぇ、別にいいよ。」
巡廻もひと段落はしているし
湯たんぽレンタルに二つ返事でOKした
「いい事あったりしたとか?」
もう1人見えた人にはお疲れ様、と会釈
「寒いのはムリ!!」
「え~~~ん、チュンちゃん湯たんぽレンタルしたい!」
とてて、と近付けば直前で足を止める。
許可なしに無断レンタルは駄目ですからね。
「う゛~…どうして今日も寒いのぉ…」
「冬ってだからキライ…!」
なんてボヤいていれば、驚いたような声に気付いてそっちを向いた。
「あれ、チュンちゃんじゃん?おつ~」
リボンを揺らしながら、今日も巡廻業務…
蜘蛛だけは出ないで欲しいと切実に思いながら歩いている
懐中電灯の灯りがふらふら、あちらこちらへ照らされた
てくてく、今日は奥の方からみようかな
巡回の人とすれ違えば会釈していくだろう。
気づかずに「人違い」の人にもしたかもしれない
「んー?」
「浮き花、ってのがあってねー」
「花だけ水に浮かべんの」
「あれ、結構綺麗だよ」
弱った花を使うのも、よくある話。
「東谷さんもね〜」
彼女が去った後、またちょっと線路の方を見つめて。
うん、なんにも見えないなーって。
それで、ホームを後にするんだろう。
「飾れなくなった花を愛でるなんて
よっぽどその花が好きじゃないとやらないでしょ〜」
だから多分、枯れる前に捨てられるのがオチかなって。
「あんまり遅くならないうちに戻るんだよ〜」
ひらひら、手を振ってこの場を立ち去るのだった。
タイミングはしょうがないので、面白いよねーってさっきと同じような相槌だけ。
「さあねえ」
「花だけになっても、完全に枯れるまでは愛でようがあるんじゃないかな」
あなたの話はわからないから、これは“花”の話。
「はーい」「いってらっしゃい」
ゆるゆる手振ってお見送り。
「へー。面白いね、そういうの。
その時に聞きたかったなぁ」
タイミングだから仕方ないとはいえ。
その場にいられなかったのはちょっと悔しい。
「あーね?」
「…ちょっとずつ命を永らえて、短くなった花はポイだ」
「そしたらアタシはどんくらいかな」
どれだけ生きたいって思えるかな。
「もうちょい話してたいけど〜。
そろそろお仕事に戻らなきゃ」
「…またね、みっちゃん」
「そー」
「間戸くんが通学路で、白梅さんが木の箱」
みたいな話をしてましたね。
「茎だって花の一部でしょ」
「野生の花じゃなくて、食卓に飾られてるような花」
「の、茎」
「しなやかで、瑞々しくて」
「切り花の手入れって、花じゃなくて茎の方を弄るでしょ」
「水吸えるように切ってあげんの」
「萎れてきたらもう一回切って」
「短くなるけど、おかげでもう暫く花は咲いてる」
「みたいな、匂い」
「うん」
「切ったら戻んないからね」
ね。
「まどっちが?」
「夜の匂いかぁ…結構詩的な表現するね」
季節にもよるかもしれないが。
総じて夜というのは乾きも湿りもある気がする。
「茎って何!?」
「花の方がいい〜〜!」
かつてはきっと咲いていて。
それが枯れて萎びてしまった。
明るく華やかに見目を着飾り振る舞うのも、
「そうだね。壊れたものは取り返せないし」
「自分を見失うと困るしね」
金継ぎのようにせめて美しく見せたいから。
「んー? 間戸くん」
「夜の匂いなんだってさ」
「東谷さんは花の匂いだと思ってたけど」
「茎、かもな」
単にドライフラワーってのも、またちょっと違うなって。
「そっかー」
「壊れないようにってなら、それも賢い方法かもね」
「壊れてからじゃ遅いんだし」
それかとっくに壊れてるのかもしれないですけどね。
正気かどうかの境界線もまた、生死と同じようなものなのかも。
人はそれぞれ生きていて。
人はそれぞれ死んでいる。
それは各々様々で。
それがきっと多様性の一つなのかも。
生死が単純な生命活動で終わるなら、宗教や何やらは普及してない。
「覚えてないんだ…」
「それ誰から言われたの?」
自分がどう思われてるかなんて、知りたいに決まってる。
少なくとも自分は。
「割り切らないと自分が壊れちゃうし」
「……」
悟ったかとの言葉に対しては無言。
つまり肯定である。
何をもって生きているとするかも人それぞれで。
何をもって死んでいるとするかも人それぞれで。
そんなになっても生き続けるって、死んでるのと変わんないかもですね。
人それぞれなんでしょう。
「そんな感じ」
「ねー。そう見えるんだーって面白い」
「湿ってて乾いてるだったかも」「どっちだっけ……」
うろ覚え。逆の可能性もありますね。
発言者の意図は本人に聞かないとわからない。
人間は矛盾を孕んだ生き物なので……生乾き、かも……
「あー、これはドライ系だ」
「割り切れるんだねー そんで無駄なことはしないと」
「なぁんか悟っちゃった?」
そんな声色、そんな言い方だなーって。
こっちはいつも通りのまんま。
「マジでそれな」
フィクションが本当かもしれないし、全く違うのかもしれない。
生きているっていうのがそういう状態なのかも人それぞれですしね。
「情報っていう材料的な?
自分から見た自分と他人から見た自分って違うよね~」
「……表面はドライだけど内面はウェットな可能性?」
矛盾を抱えていませんか??
生乾き状態かも。
「…」「んー」
「だって泣いても取り乱してもその人が生き返る訳ないじゃん?」
「自分がさ、ありったけ泣いたりして死んだ人が生き返るならそうするかもだけど」
いつもとは違う、感情の無い声で答えた。
「フィクションのうちは自分事じゃないしね」
不老不死で停滞した時間を過ごすのかもしれないし。
骨だけになってそれすら風化しても意識があれば生きてるってことになるのかもしれないし。
そういうの全部ひっくるめて怖いって言うのも、一つの答えなのかもしれないですけどね。
「否定するにも材料がいるからな〜」
「乾いてて湿ってるって言われたことはあるけど」
わかんないと否定も肯定もできなくって……。
「へえ〜」
「泣いたり取り乱したり、しないの?」
言われなかったことは汲み取れない。会話ってそういうものですからね。