ホームC
ホームの一つ。
5・6番のりばがある。
電車は来ない。
乗車券はない。
帰る場所の一つもない。
席は用意されていない。
ああ、いや。
自分が選んだことでした。
二週間だけの仕事仲間。
後腐れなくていいですね。
別れの挨拶?
友達でもなんでもないんだし。
もう二度とすれ違いませんように!
薄っぺらい祈りを。
「今日寝る場所どうしよっかなぁ」
給与明細を手にしたまま伸びをした。
それでは、さようなら。
蝶も知らぬあなたたちへ。
「でも……ごめん、また逃げんね」
まだ残ってる煙草を携帯灰皿に押し付けて、席を立つ。
後ろで揺れている人影の様なものに背を向けた。
生きて帰らなきゃいけない理由があるから、なんて
他人を理由にした飾った言葉は吐かないでいよう。
結局一番の理由は自分がこんなところで終わりたくないから、だ。
だから逃げてる。いつまでも、嫌なことから逃げ出してる。
「ごめん」
そんなのは誠実じゃないってことくらい知ってる。
そして謝られることを相手が望んでないことも知ってる。
もう全部遅いことで、今更向き合ったって意味ないってことも。
どうせ後ろで揺れてる影も、自分が作り出した幻覚だってことも。
「ごめんね」
こんな奴でごめんね。
全部無意味だってわかってるのに、
謝らなきゃ逃げられない様なダサくて弱い奴でごめんね。
守ってあげられなくてごめんね。友達、だったのにね。
ごめんね。
「……またな」
適当な路線、ホームに並ぶガラガラのベンチのひとつに腰掛けている。
手には火のついた煙草、吐く息と一緒に紫煙がゆらゆら消えていく。
視線の先にはぼんやりと、誰かが静かに佇んでいた。
人……の様にも見えるが、どちらかと言えば化け物に近い形をしている。
あれは、誰なんだろう。誰かの幻覚でも見ているんだろうか。
そんなことを考えながらぼんやりとその人影を眺めている。
両親か、兄妹だろうか。……いや、そんな風には見えないな。
「れーくん?」
「……そんなわけないか」
もしかしたら、と思って呼んでみたけど反応は返ってこない。
じゃあ違うんだろうな、とまた紫煙を深く吐き出した。
彼の姿は勝手に自分の脳裏に焼き付けてしまっているだけで、
彼自体が自分に会いに来るはずもない。
そんな思い出が……残っている筈もないのだから。
馬鹿みたいだな、本当に。
いつまで経ってもダサいまんまでさ。
かといって、そんな自分を可哀想だなんて思わないし。
死んでしまって楽に、なんてことも思わない。
ばかみたいじゃないか、そんなの。
ただ無味の生活を続けるだけだ。
それが誰かの役に立つことだってあるから。
そうやって、時折訪れる甘さや辛さに縋り付いている。
味付けの濃いものってすぐ飽きが来る。
だからもうすっかり飽きていた。
「下手くそだなあ」
生きるのがね。
これだけ変わったことが起きる日々、
もっと楽しめると思っていたのに。
今となっちゃ、出るのはあくびばかり。
退屈だ。
「………」
ホームでしゃがんでいる。
また巡回に行かないと。
「…はぁ…」
あんな風になってしまった人々は、見慣れている。
こういう時はご主人か金木か…特に、一般的な感覚の金木が口喧しく訴え、大半は立ち去ってくれたりする。
ご主人は、忠告はする。けれど呑まれたら助けない。
境目を誤った責任は彼らにある、私達がこれ以上助ける必要はないと。
いつも、そんな言葉を聞いて納得していた。
…納得、してたかな。
「……おれはそれでも、助けたいんだよなー…」
あの人のような凄い力はないけれど。
助けたい気持ちはきっと強い。
「………」
「こんな顔してたのか」
悪霊に憑かれた豚は溺れ死んだらしい。
いや。この場所だから。
ミンチ肉にでもなったかな。
──後は、立ち去る。
「〜♪」
──ホームには相変わらず電車は来ない。
昨日もらったお知らせを改めて拝読。
おおよそ正気では無いことが書かれており、まるでそれは架空の創作の設定のようだった。
こんなもん受け入れる方がおかしいのだが。
正常。
これが手渡された人たちの大半は納得して受け取るか。
物覚えがあり、不安に駆られているのだろう。
ま、どちらにせよ。
不可思議を受け入れているに違いない。
「標準」
「平常」
──会社の守る部分であるが。
いまいち不明瞭だ。
何を持って平常とする?
何を持って標準とする?
私は正常です。
「………」
電車が通った気がした。
そこには窓があり。
反射で自分を映していた。
ま、結局見えてはいるけど。結局居はするけど。
内心それなりに窶れているのかも知れませんが、
気付かなければ、ないのと同じなんで。
「とは言っても、気付きそうなものでしたが」
「このホームとも残り僅かの付き合いですね」
薄暗さを保つ蛍光灯には小蝿やら蛾が集っている。
こういうのは割と安心するとこ、ある。
何かの息遣いがあると幽霊出て来ない気するんで。
「全部が全部、分からない方が……」
「良い気がしたんですよね」
「契約に無かったのもある」
恐怖の大王が噂に息を巻いていた頃も、こんな風な雰囲気だったかも知れません。
来る終末に慌てふためく人々と、明日も来るさと能天気をやる人々。
俺はどちらかと言えば後者に近いでしょう。
どうとも取れないんで。
「そう言えば、何故怪奇現象を視認出来ないのかについてなんですが」
「目が悪いってのは、実際あるんじゃないかな」
「多分、本当は見えてたりする」
きっと、他の子らは感性が瑞々しいのもあるのかも。
この雰囲気に呑まれたがってる様に見えるんですよ。
それって、なにか、キャラクターっぽい。
ってのは、些か穿った見方でしょうか。
何か、世界がペンキで力尽くに塗り替えられた、みたいな。
段々に気の違えた様な人ばかりが目に付いて来た。
俺は悪いプラシーボばっかりが効くので、
こうして外の空気を吸いに来た訳ですが。
「うん、……」
しかしね、人の顔が口に見えた時は流石に驚きました。
で、これが何であるかを暴くのは難易度が高い。
彼等は全く喋らないので。
次いで、深いため息。あるいは深呼吸。
「…………あぁ、もう」
「だからあたしは間違ってるんだ」
そう結論付けて。ホームを去っていく。
「あんたのせいで皆間違った方に行く」
「あんたのせいで皆間違えるんだよ」
「あんたのせいでしょ?ねぇ、答えろよ」
返答はない。あったとしても、それは幻聴だろうが。
まぁ、しばらく歩けばちょっとは頭を冷やせるというものではあるが。
「…………ぜんぶあんたのせいでしょ」
なんとなく。八つ当たりしたかったのだ。
化け物は見えない。いや、居はするのだ。目の前に。ずっと影が。
話かけるのは、あるということにするのは良くないことだとわかっている。間違ったことだとも。
「ぜんぶ。皆おかしくなるの、全部!」
その全て、掬い上げられないことが腹立たしい。
それをぶつけなければ収まらない。
ホームを歩く。懐中電灯片手にではあるが、明かりは点いてない。点けていない。
「うるさい」
「うるさい」
「うるさい」
耳を塞ぎながら。ここはずっと静かなのに。
「んぇ?おまえ、どーした?…バイト、んん、違うな、匂い…」
高校生が一点を見つめ、傍に近寄るとしゃがんだ。
誰もいない。
「…んー、そっかぁ…迷子、帰れなくなったんだなー…」
誰もいない。
「……帰りたい?そっか、じゃあおれ、案内するよ!
多分な、あっちから出られると思う。ほら、手繋ごう。」
誰もいない。
わひゃっ、と高校生は声を上げて驚いた。
「冷たいなー!当たり前かー!わはっ
じゃあ袖掴んで、そうそう、そんな感じ!」
そうして、高校生はホームから立ち去った。
誰もいない。
歩いて、歩いて、歩いて。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。
歩いて。
巡回ルートも、そうでない場所も。
歩いて辿り着いた先をまた歩く。
歩く。
夜を歩く。
今日はどうも調子が悪かった。
気が散って気が散って仕方がない。
そういう日はいつも決まって散歩に出る。
ただ歩く。行き先の一つも決めないで。
知っている道も。知らない道も。
時折髪を払うような仕草をしながら、
明かり一つ持たず闇夜を縫って歩いた。
そうやって今日を夜に帰した。
「お菓子、おいしいなー…美味いなぁー…」
………
「…ご主人、元気かな〜…金木も元気かな〜…おれ、ひとりでバイトがんばってるけど…ご主人も金木も、コウ兄もいないと寂しいな〜…」
………
「…寂しいけどなー、お前のとこには行けないなー。ごめんなー」
…………
誰もいない。
【道具使用】
躑躅森 むぎ は お菓子 を使った。
おいしいお菓子だ
歩き出す前、ちらりと人型の方を見る。
それは相変わらずニタニタとした目線を自分に向けている。
「悪ぃ、コイツのこと好きになっちまって」
「別れてくれ。別にいいよな?最近忙しそうだったし、構ってくれねぇし」
そんな声が聞こえた。
「よし、じゃあ行きましょうか。」
という訳で一緒に帰ろうか。
敷島さんの隣を歩きつつ、三空さんの歩速に合わせようとするだろう。
「1人で帰るよりは複数人で帰った方が安心が違うっすからね〜」
「僕がしんがりをしましょう」
言いながら。
懐中電灯で照らしている。戻ってねましょ。
「そんじゃあ、皆で帰りますか
単独行動をするのは危ないからね…」
懐中電灯を暗闇に向けつつ皆で帰ろう
尚、しっかり御手洗氏の隣に居る
「まあ、その。くれぐれも無理はせずに。
……よければこのまま一緒に帰りません?こっちはもう巡回も終わったんで。」
食べられないものは仕方が無いので。
せめてこの場から離れ、安全な宿舎へと戻らないか、という提案をひとつ。
「一緒に」とわざわざ付けたのは。一人にするのは危ない気がしたからだ。